第797話_工事完了

 二杯目のお茶を飲み終え、お代わりをするかどうか迷っていたタイミングで、ちょうどルフィナ達が戻ってきた。

「長くお待たせしてしまってすみません」

 実際はそんなに長くはなかった。でもルフィナ達の方がそう感じているなら、充分に時間を掛けて確認できたのかもしれないな。

「構わないよ。問題はなかった?」

「はい、設計通りの動作でしたし、各所、問題点もありませんでした」

 点検も兼ねてもらったからね、時間が掛かるのは仕方がない。

 さっき私とカンナが動作確認をした際は、穴側に出られるのは一階の到着時のみだった。でも今は少し違う。足場よりも昇降機の踏み台が高く、かつ、高低差が二十センチ未満だったら出られるという仕組みを追加した。その部分も問題なく動いていて、不具合は無かったらしい。二十センチは厳しいかなと少し心配していたが、二人は苦も無く止められたみたい。二人が大丈夫なら、大丈夫だね。

 では、これにて工事完了。解散しましょう。

 ――と思って片付けて立ち上がったんだけど。ふと、思い付いたことがあって立ち止まる。

「地下にも、バイオトイレを置きたいねぇ。照明魔道具も、幾つか追加した方がいいかな?」

 足場の工事と合わせて、ケイトラントが言っていた倉庫用の空間も作った。あの場所にトイレくらいはあっても良い気がする。非常時に避難した際にも必要になるだろうし、何かと便利だろう。

「……今後のことも考えれば、確かにトイレは常設した方がいいですね。照明については、今あるものを運び込むことも出来るので、必須ではありません」

 ふむ、じゃあバイオトイレが優先だね。あれは彫刻板を利用していない魔道具だから、私だけで作ってしまえる。でも照明はリコットが助けてくれないと辛いので、確実に用意できますとは言えない。

「オルソン伯爵と会う日までに作れたら、ついでに渡せるね。いくつ作れるかなぁ」

 軽くそう返事をして、村に向かって歩き始める。その私の背中を、やや戸惑ったルフィナの声が追った。

「その、この件は、モニカ様にもお伝えください」

「ははは。そうだね。お金の話になりそうだ」

 無償での追加工事をルフィナ達が勝手に私と約束しちゃったらまずいってことだね。二人は賢くて慎重だなぁ。きちんとモニカとも話し合うことを約束した。

 なお、この穴の周辺を覆っていた石壁はまだ残すことにする。足場のお陰でとんでもない落下をすることはないものの、完全に工事が終わるまでは念の為に閉じておいた方がいい。入り口は勿論作っておくけどね。人と資材が充分に通れる幅を用意しておいた。

 その後、工事が終わったことと今後について、モニカへ報告に向かう。

 バイオトイレと照明魔道具の追納の話は、案の定、お金を受け取ることになりました。どちらも追加注文する場合の値段を既に取り決めていたので、それを払う話になるのは当然だった。今回だけ特別――なんて言葉を、モニカが頷くはずもない。

「そういうわけで、リコ、出来る範囲で良いから彫刻板をお願い」

「わーい」

 家に戻るなり妙なお願いをすることになってしまったが、相変わらずリコットは嬉しそうなので、まあ良いか。いつも私の心が軽くなる返事をしてくれて大変ありがたい。心遣いでもあるって分かっている。頭を撫でた。ナディアから睨まれているが、負けじと撫でる。よくある私達の攻防をリコットは呑気に笑っていた。

「伯爵様が麓に来るのって、えーと、八日後? それまで滞在するの?」

「いや、明日一度ジオレンに戻ろう」

 あんまり長くジオレンを空けておくと、サラとロゼとマリコが心配だし、郵便物とかも気になるからね。私の言葉にみんなは軽く「はーい」と応えてくれた。

「カンナ、お風呂の準備して」

「畏まりました」

 私の指示を受けて即座にカンナは浴室へと消えて行った。女の子達が私を見上げる。お風呂に入るにはまだ早い時間だからだろう。説明を求められている。

「私はお風呂に入ったら、少し寝ます。夕飯まで」

 まだ夕飯の準備すら始めていない時間だから、二時間くらいは横になっていられるかな。

「あらら、疲れちゃった?」

「ちょっとだけ」

 足場作りは半自動にできる魔法だったけど、制御下に置く部品が多いせいか神経を使う。魔力はあまり使っていないのに、精神が削れたような感じ。とりあえずお風呂の準備が終わるまで、のんびりしていよう。近くの椅子に座った。

「私達は、荷物を早めにまとめておきましょうか」

「そうしよっかー」

 私の横で、女の子達が荷造りの担当を話し合っている。来た時に荷造りしたんだから、帰る時も荷造りが必要なのは当たり前だった。「明日帰ろう」じゃないんだよな。いつも早めに言わない私。でも疲れている私を気遣ってか、長女様も特に何も言わなかった。そのまま女の子達は各々動いて、私物などをまとめ始める。

「アキラ様、準備が整いました。お手伝い致します」

「うん」

 ぼーっとしている間に眠くなってきたので、御言葉に甘えることにする。促されるまま浴室へ。

 当然ながら浴室はぽかぽか温かくて眠気が増幅した。髪を洗ってもらっている間は何とか起きていたのに、身体を洗ってもらっている真っ最中にウトウト。そのまま眠気に負けた私はガクンと体勢を崩し、風呂椅子から転がり落ちそうになった。

 難なくカンナが受け止めてくれた。多分、ウトウトし始めた時から気付いていたんだろう。

「うわ~、ごめんカンナ、めちゃくちゃ濡らしちゃった」

「濡れてしまうことを前提としております、問題ありません」

 入浴の手伝いをしてくれる時、カンナは必ずエプロンのようなものを服の上に身に着ける。だけどそれはあくまでも水しぶきを防ぐ程度の意図であって、此処までしっかり抱き止めさせてしまったら何も防げていない。エプロンの薄い生地など貫通してカンナの服までしっかり濡らしてしまった。体勢を整えながらしょんぼりしていると、カンナは私の前にしゃがんで、下から真っ直ぐ見つめてくる。

「私に謝罪など、なさらないでください。私はアキラ様だけの為に在る者です」

 小さくて柔らかな手が私の頬に添えられる。心が解けるみたいに緩んでいく。その手に甘えるように、首を傾けた。

「うん、ありがとう」

 添えられているだけの手にぐりぐりと頬擦りをする。撫でてくれないから、勝手に疑似撫で。私の行動が可笑しかったのか、カンナは少し口元を引き締めて、目を細めていた。

「身体が冷えてしまう前に、洗い終えてしまいますね」

「うん」

 手を離す時だけ、頬を少し撫でてくれた。嬉しい。

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