第796話_見学会
「えっ、昇降機もう動いてるの?」
女の子達が作ってくれた昼食を口いっぱいに頬張っていた私は、すぐに返事が出来ない。うんうんと頷きながら丁寧に咀嚼した。
「一応ね。今は足場を組んでるところ。でもそっちは今回の見学の対象外だよ」
「なんだぁ」
トンネル部の見学会は午後二時から。ただし見学はトンネル部分だけになる。
仮の昇降機や足場はそもそも工事用の場所で、安全性から言って気軽に見学すべきじゃない。みんなが見学している間も私達は引き続き作業をすることになっているし、何があるか分からないので近付かないようにお願いするつもり。
「ところで、このパスタ美味しいね。誰の作品?」
「はーい」
元気よくルーイが返事をした。うちの末っ子は天才だ。特性オムライスも絶品だし、この子は料理人にもなれそうだな。
「将来自分のお店を持ちたい場合は、私が出資するから言ってね!」
真面目に言ったんだけどみんなには「親ばか」って言われた。そんなことない。私は贔屓目なく冷静に評価している。うちの子は天才だ。
むっとしていたが、みんなには苦笑されるだけだった。むっ。
まあ、リコットに頬をつんつんされて、カンナに腕を撫でて慰められたら機嫌は直っちゃうんだけどね。ニコ。
そのように仲睦まじく昼食を済ませ、更にゆっくりティータイムをしてから集合場所に向かう。私達が着く頃にはもうほとんどのスラン村の住民が集合していた。そのせいで道中に人の気配が無く、地味に不気味でした。
「転移後、一時間は自由に見て回っていいよ。外も出ていいけど、遠くには行かないようにね。あと、昇降機は引き続き作業の為に稼働させてるから、傍に来ないように気を付けて」
偶には領主らしく。いや、引率者かな。しっかりと注意を告げる。今回も転移魔法での移動になる。昇降機は少人数用かつ工事用だから使わない。
「出発~」
一気に大勢を運ぶのは普段より少し緊張するけれど、前回よりはずっとスムーズに移動できた。慣れてきた。転移先は、昇降機が降りる場所。此処が今は一番大きな地下空間になっている。まだ昇降機が小さいものだから余計に広い。最終的には半分以上が昇降機の床になる予定だけどね。
「アキラ、ちょっといいか」
「ん?」
既に自由に歩き始めたモニカ達を見守っていたケイトラントが、人の少なくなったタイミングで私に声を掛けてきた。
「昇降機の付近に、荷を保管できる場所は作れないだろうか。乗り降りに充分なスペースだとは分かるが、少し荷を置いてしまうと、おそらく馬車の出入りが難しくなる」
ふむ。地下に待機場所や、物の保管場所は考えていなかった。
すぐに上には行けるけれど、往復を考えると時間も掛かる。また、避難場所として考えたら、此処に非常用の備蓄も置いておきたいよな。確かにそれらを置くと、馬車などは出入りし辛くなっちゃう。保管場所を作るのは良い案だ。
「ルフィナ、ヘイディ」
「はい」
振り返ったらすぐそこに居たので、いつも通りの声量で呼んで手招く。此方を見ていたから、話も聞こえていたはず。
「今の件、ケイトラントと相談して、設計してくれない? 私は言われた通りに掘るからさ」
「了解です。ありがとうございます!」
「どういたしまして~」
むしろそこまで考えが至らなくてごめんね。宜しくね。
その後、五分程度の相談の結果、スラン村にある地下倉庫くらいの空洞を、昇降機付近に作ることになった。見学会が終わってから工事しよう。
ケイトラントは詳細の説明を受けたら改めて私にお礼を告げて、見学に歩いて行った。
これでもう全員が工事範囲から離れた。見学の時間が終わるまで、私とルフィナ達は足場を組む作業だ。立ち入り禁止の注意看板だけ立てて、昇降機へと乗り込んだ。
「――私でも、歩くのが苦でない距離でした。実際はこんなにも小さな山だったのですね」
見学終了で全員を集め直し、スラン村に送迎した後。モニカがそう呟いた。他の人達も同意をするように頷いている。
「当時の君達は疲弊した状態で登ったから、特に長く感じただろうね」
麓の近くは魔物が多いということもあって、モニカ達はこの村に到着して以来、山の全体像が分かるほど歩き回っていない。だから麓までの距離は私が地図で示したことで初めて『数字』を知り、そして今日ようやく、自らの足で歩いて実感したのだ。
「隠れる必要が無くなった時にも、大きな変化を感じました。しかし道が通じたことによりまた、我々の世界が広くなった思いがあります」
モニカの瞳に少しの感情が乗った。不安じゃなくて喜びの色に見えたから、私も笑顔で頷いた。
「それが君達にとって良い変化なら、領主冥利に尽きるよ」
「勿論、良いものであると思っております。良いものになるよう、村長として私も努力して参ります」
堅苦しい会話になっちゃったが、モニカらしい感謝の言葉なんだと分かっている。私も誠実に受け止めておいた。
それでは私も、領主として努力しようかな。工事に戻ろう。モニカ達と別れて、ルフィナ達と共に足場の建設を再開した。
最上階まで組み終えたのは、それから二時間半後のこと。
「ルフィナ達、ちょっとお散歩する?」
「宜しいですか? 少し見て回りたいです」
「うん、行っておいで」
安全確認は充分にしたし、ルフィナ達なら設計から知ってるんだから操作方法に困ることも無い。付き添わずとも問題ないだろう。そもそも今後は二人が動かすことになる。今日の内に練習してくれたら、何か困ることがあっても早めにフォローできるね。
二人を見送った後、私とカンナは、昇降機の脇にテーブルを出して休憩。お茶を淹れてもらった。
「お疲れになられましたか?」
静かにただお茶を傾ける私を見つめ、カンナが尋ねてくる。顔に出ていただろうか。苦笑しながら肩を竦めた。
「少しね」
「私に何かできることはございますか? ルフィナさん達が戻って来られたらすぐにお休みできるよう、準備を……」
「ううん。此処に居てくれたらいい」
多分『何が出来るか』を既に頭の中で色々と考え巡らせていたんだと思う。カンナの反応は少し遅れて、目を瞬いている。
「今はただ、傍に居て。ルフィナ達が戻ったら、今日は切り上げて帰ろう。お世話はその後でいいよ」
ゆっくりと伝えたら、一拍後、カンナは「畏まりました」と静かに首を垂れた。可愛かったのでよしよしと頭を撫でる。最初はぴくっと震えて固まってしまったものの、撫で続けたら肩の力を抜いていた。
頭を撫でられるのは嬉しいって聞いちゃったので、撫でたい時には我慢せずに撫でるのだ。癒し。
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