第790話

 それにしても、夕食の為にキッチンに立つのは久しぶりな感じ。スラン村に来てからずっと、働く私の為にみんなが作ってくれていたからなぁ。今日までの献立とその喜びを振り返りながら一人でうんうんと頷き、一番乗りでキッチンに入り込む。

 ミートソースパスタとサラダとオニオンスープかな。必要な材料を取り出した辺りで、女の子達もキッチン付近に寄ってきた。

 けど、私が作り始めたのはこの簡単な三品だけ。そのせいでお手伝いがほとんど無い女の子達が、怪訝な顔で私の手元を見つめた。

「アキラ、足りるの?」

「パスタを大盛りにするから大丈夫」

 実際、作ろうとしているミートソースの量は五人前ではなかったし、充分に納得できる説明だと思うんだけど。ナディアは何処か呆れたように溜息を吐く。

「……何かお肉はある? 簡単なもの、作ってあげるから」

 なんという優しい御言葉。収納空間には色んなお肉がある。この時パッと思い付いたのは鳥の胸肉だった。答えればナディアに視線だけで出せと指示された為、解凍をしてキッチンに出す。

 回収されたそれは女の子達の間だけで小さな会議にかけられ、一分後にはリコットによって手早く切り分けられた。あの胸肉は何になるのだろう。

 まあいいか。私はパスタソースに集中しようかな。

 ちなみに、最終的にナディア達が作ってくれたのは香草焼きでした。美味しい。

「何がそんなに面倒くさかったの? 珍しいね」

 食事を開始したところで、ラターシャに聞かれた。何だかいつもより甘ったるい、優しい声で尋ねられて、心臓がむずむずした。

「うーん、分かんない。自分の為の料理が嫌だった」

 女の子達の為に、美味しくて栄養満点の料理を――と考えれば、いつでも、幾らでも作りたい意欲がある。だけど女の子達は私みたいに沢山食べないから、追加された香草焼きは主に私が食べるものだ。みんなは食べても二切れくらいだね。

「やっぱり少し疲れてるんじゃないかな。明日も、無理しないでね」

「はーい」

 自覚はあんまりないけど、そうなのかもしれない。嫌なことを考えたくないから動き回っていたくて。でもあんまり働くと女の子達が心配する。だから外の作業は、毎日夕暮れ時に切り上げてきた。ただ、身体は休めていても、眠るまでは小難しいことをぐるぐる考え続けている。

 だからきっと身体が疲れていると言うよりは、頭が疲れている。

 あまり得意じゃない『細かいこと』を立て続けにやったせいもあるかもしれないな。内なる私がへそを曲げていたのかも。

 とにかく自らを癒すべく、女の子達が作ってくれた香草焼きをじっくり味わって食べた。

 そして食後。

「今日は私が最後に入るから、みんな入っていいよー」

 食器洗いなどを進めてくれている間に、お湯を張ってきました。準備万端だよー。

「アキラちゃんは此処で続きする?」

「うん」

 すんなり頷くが、警戒されている気配を感じた。みんなが入浴している間の予定を入念に確認されている。

「私はアキラ様のお茶をご用意してから入ります」

 足止めか。いや、いつも食後にお茶を頂くから、いつものやつだ。そう思っておこう。カンナにまで警戒されたら悲しいもんな。

「じゃあ順に入ろっか。ルーイとラターシャ、先に洗い場を使っていいよ」

「はーい」

 洗い場は二つだもんね。残りの片付けを姉組がする間、子供組が入っておくらしい。スマートな分担作業。リコットはいつもこういう時に素早く指揮を執ってくれている。格好いいな。性分なんだろうな。

 それを横目に、再びテーブルにあれこれと工具を取り出して並べる。

 動力部の部品製作からやろうかな。小さい金属を丁寧に一つずつ、調整していく。回数をこなすにつれ、深く集中してしまった私はカンナがお茶を置いてくれたことにも気付かなかったし、どれくらい時間が経ったのかもよく分からなくなっていた。

「アキラちゃん? もうすぐ呼ばれるよー」

「おぉ」

 すぐ傍で声を掛けられて顔を上げる。ラターシャとルーイが上がって、髪を乾かし始めていた。もうそんなに時間が経ったのか。大人組も間もなく上がってくるらしい。

 じゃあ一旦、お片付けしようか。部品を小分けして袋に入れる。

「小さい方の浴槽には入らないでねってナディアが言ってた。それから、お風呂の掃除もナディアとカンナがするって」

「あー」

 そうでした。小さい方の浴槽にはナディアが入ったから、尻尾の毛が浮いているんだな。

 わーいって言って入ったら酷い目に遭いそうだから大人しく従うことにしよう。黙っていればバレないという認識もきっと危ない。ナディアなら匂いとかで気付きそう。あとチェックで覗きにも来そう。

 了承を告げたら、ラターシャがそれを伝えに戻っていた。きっちりしているなぁ。女の子達のこういう些細な動きがいつも可愛い。

「じゃー入ってきますー」

「ゆっくり温まってね」

 女の子達と入れ違うように、私は浴室へ向かう。初めはみんなの髪を乾かしてから入ろうかと思ったのだけど、ラターシャとリコットだけで出来るって言われちゃった。

 リコットはまた一段と魔力量が増えたからなぁ。もうみんなに隠してもいないので、リコットだけでも足りそうなところ、ラターシャも居るから余裕って感じみたい。それなら二人に任せて、ゆっくりお風呂の時間にさせてもらおう。

「アキラ様、お手伝いいたしますか?」

「ううん、今日は大丈夫。ゆっくりしてて」

 浴室に向かう背に、何処か慌てたようなカンナの声。着衣で浴室に入って私を洗ったら、汗をかいてしまうだろう。折角お風呂を済ませたんだから、もう汗なんてかかないでのんびりしてほしい。カンナは何かを言いたげにしていたけれど、私を呼び止めはしなかった。

 脱衣所で服を脱ぎ散らかし、裸足でぺたぺたと浴室を歩く。みんなが入っている間に充分と温まっている為、少し暑いくらいだ。足場のタイルは濡れていても滑りにくい素材。良きかな。自らの拘り設計を一つずつ堪能しては、満足して頷く。

 昨日までより体力的に余裕がある為、無駄に歩き回って浴室内を鑑賞した。

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