第789話

「夕飯時まで、家の前にテントを張って作業するね~」

 帰って早々そのように宣言をすると、女の子達が固まった。しかし私は作業の準備をしていた為、よく見ていなかった。

「此処じゃ難しいやつ?」

「そうだね、インクも使うし、さっきより道具も多くてテーブルを占領しちゃいそうだから」

「彫刻板!?」

 やや食い気味に聞いてきたリコットに声を上げて笑ってしまった。

「無いねぇ」

「むー」

 口を尖らせている。可愛い。本当に好きなんだね、彫刻板。いつでも請け負ってもらえるから、私にとってはありがたいけども。

 ただ、そんな彫刻板の愛好家たるリコットに任せることを前提としても、あれは手間が掛かるものなので。仮の昇降機には使わない予定だ。

 そもそも彫刻板を使う本来の目的は、道具の劣化を防止し、長持ちさせる為。今回のように『仮』で、いずれは撤去して廃棄するものならばもっと造りを簡単にして、手間は省く方がいい。

「ねー、傍で見ててもいい?」

 リコットが言う。意外な思いになりながらも私は「いいよ」と答えた。すると、ルーイとラターシャも見たいと言い出してしまう。うーん、カンナはいつも傍に居るので……そうなると、ほぼ全員なんだよな。ええと。

「此処で作業してしまえばいいんじゃないかしら。このテーブルが全て使えれば狭くはないのでしょう?」

 ナディアの言葉に戸惑いながらも頷く。テントの中で使う予定だったテーブルの方が、このダイニングテーブルより小さい。よって此処を明け渡してもらえるなら、充分なスペースになる。それに全員が来るならテント集合の方が手狭になるしね。

「じゃあ、お言葉に甘えて使わせてもらっていいかな? 棚を追加で出すから」

 女の子達はみんな何かしら飲み物を持っていた為、置き場所が必要だ。ナディアとカンナが使っているような棚を壁際に出したら、誰も文句一つ言わずにそっちに飲み物を移動させてくれた。ありがとう。すっかり涼しくなったテーブルの上に、新たに作業道具を取り出した。

「カンナ、換気扇付けて」

「はい」

 インクを扱うから、匂いで女の子達がしんどくならないように早めに対策を取ろう。魔法で換気扇側に誘導すれば間違いないはず。

 普通の紙と、羊皮紙、厚手の布をそれぞれ取り出して、しばらく迷ってから、普通の紙を選んだ。魔法で強化と保護をすれば、普通の紙でも数年は全く問題ないはずだ。一番安価な材料にしてしまおう。

 大判の紙の左上の角にまず強化の魔法陣を作成。手の平サイズで充分に丈夫になるから手早く済ませた。

 発動したら裏返して、白紙の方に昇降機用の魔法陣を描く。

 今の捲揚機ウィンチに使っている魔法陣のアレンジになるので、書くべき魔法陣は決まっている。つまり一から開発するような大変さはない。ただ……単純に細かいんだよな。頑張ろう。腕を捲ったら、リコットがちょっと笑った。頑張ろうとしてるんだから、やめて。私の真剣な顔にクスッとしないで。

 気恥ずかしい思いを振り払い、改めて集中した。

「……よし、一つ目」

 描き切ったところで大きく息を吐くと、同時に女の子達も息を吐き出していた。なんで?

「やば~、こんな細かいのよく描けるよね~」

「途中から息止めて見ちゃってた」

「私も」

 見学している側まで息を止めていたのか。可愛いね。疲れがちょっと癒された。

「一つ目ってことは、幾つも作るの?」

「今回は二つだけ。正式版は八つ必要……だけど、そっちは彫刻板なので頑張るのはリコ」

「わーい」

 これを見た上で喜びの声を出せる君は本当にすごいよ……この規模の複雑さが八つだぞ。板にすると数も増えるし。

「そういえばアキラちゃん」

「んー?」

「彫刻板さ、インクの魔力も私が籠めたらちょっとは楽?」

「……そりゃまあ、楽だけど」

 後から魔力を籠める作業もそれなりに細かいので、私としては苦手な分野だ。「ちょっと」どころじゃないくらいに楽ではある。だけど。

「板だけでも充分、大変でしょ? 無理のない範囲でね」

「アキラちゃんにだけは言われたくないでーす」

 鋭い返しに肩を竦めた。そうだね。「無理のない範囲で」と毎回みんなに言われているのは私だ。かといってみんなが無理をしない気質かと言うとそうでもないと思うんだけど……まあ、リコットの心身に悪影響の出る域になれば流石にナディア達が止めてくれると思う。今は食い下がらないでおこう。

「もう一枚やるから、息が苦しい人は目を逸らしていてね」

 作業を続行しよう。私の言葉に、女の子達が笑いながら頷いていた。

 二枚目は図柄を転写し、インクを付けていないペン先でなぞって魔力だけを付与していく。描き直すのとどっちが楽かと言うと、正直、どっちもあんまり変わらない。細かければ細かいほど、どの線まで魔力を入れたのかが分からなくなりがち。目に見えない為に余計に大変だ。

 でも今日は女の子達と物理的に距離が近いので、インクの匂いが減る手法を取ることにした。いくら対応していても、心配なのです。

 一枚目と大体同じくらいの時間を掛けて、二枚目が完成した。結局、女の子達は今回も目を逸らしていなかったのか、また息を吐いていた。可愛い。

「ふー、疲れた。一旦こんなもんかな。次の作業まで入ったら、夕食が食べられないね」

 なので一度お片付けしますね。机を明け渡してくれてありがとう。細かい作業で凝り固まった肩と首を解すように動かしてから、机の上の物を片付けていく。

「他にはどんな作業があるの?」

「金属素材の部品製作だね」

 魔法陣は今作った二つで終わり。これらは動力部に入るものになる。操作盤はこの魔法陣と術を繋げる形になるので新しい魔法陣を作る必要は無い。繋げるところがちょっと複雑で繊細だけど、それはまあ、術を入れる時に考えればいい。だから今の内に出来る作業で言うと、カラクリに使う部品製作。木材加工の範囲はルフィナ達に任せるとして、金属加工が必要な部品は私が作らなきゃいけない。いずれも細かいことのオンパレードだから、私自身がエネルギーを補充しなければなるまい。

「みんな、今夜は何が食べたい?」

「ミートソースのパスタ」

「いいねぇ」

 即座に応えてくれたのはルーイだった。可愛い。

 曰く、私が作るミートソースが好きなんだって。最高の御言葉。いつでも作ってあげるね。

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