第788話

 作業を始める頃、ナディアとカンナの二人はテーブルから少し離れて、壁側に寄せた椅子に移動していた。二人の間には小さな棚が置かれ、テーブルに代わって飲み物置き場になっている。

 私が占領したせいで追いやったのかと思ったが。理由はそれだけじゃないみたい。二人共ホラー小説を読んでいるので、怖がりな他の子達の目に入らないように気を遣ったんだね。至って真面目に取った措置みたいだけど、正直ちょっと可愛くて面白い。

 いや。気を逸らしている場合ではない。設計をしなければ。

 軽く頭を振って、目の前に集中することにした。しかしその間、テーブルに着いている三人が何故かずっと私の手元を見つめている。何がそんなに気になるのだろう。少し気になったけれど。設計を詰めている最中だったので顔は上げなかった。

「アキラちゃんて、元の世界でこういう仕事してた?」

 不意にリコットが尋ねてくる。私は一拍を置いてから、返事をした。

「……んー、いや、ちっとも関係ない」

「それでもこんなに出来るんだから、すごいよねー」

 声は聞こえていたものの、私は生返事していた。すると数秒後。唐突に、隣に座っているリコットに頬を突かれる。

「うぇっ、な、何?」

「ごめん。集中してただけ? ご機嫌斜めなのかと」

「集中してただけです!」

 常にニヤニヤしてる人という定義をやめてくれ! 突然のちょっかいに慌てる私を見つめて、リコットは楽しそうに笑っている。

 全くもう、一体何だったのさ。突かれて驚いた頬がまだむずむずします! ぐしぐしと自分の頬を擦った。

 はあ。私の女の子達は突拍子がなくて可愛いんだから。

 引き続き注がれる女の子達からの視線がどうにもくすぐったが、無視して設計を続けることにした。

 しかも、さっきのちょっかい以降、読書中のカンナとナディアも偶に私を見るんだよな。そんなに観察しないで下さい。

 一時間ほどでざっくりと設計がまとまったので。落ち着かない気持ちを抱きながら紙を掻き集めて立ち上がる。

「ルフィナ達のとこ行ってくる。カンナ」

「はい」

 逃げるようにそそくさと屋敷を出発。リコットは私の心情を見透かしたように少し笑っていた気がするが、気付かない振りを貫いた。

 忙しいルフィナ達は捕まえるのに苦労するかと思ったけれど、幸い、家の近くに居た。三姉妹の屋敷を建設中だったようだ。立ち話は何だからと、ゆっくり話せる場所――モニカの屋敷に移動する。モニカにも用事があったから丁度良かったね。

 設計に関する話し合いはすぐに終了。概ね彼女らの要望に応える内容に出来ていたみたい。修正はほんの少しだけだった。

「――でさ、女の子らがトンネルを見たいって言うから、連れて行こうと思って。他にも見たい人は居そう?」

「ご迷惑でないなら、私も拝見したく存じます。他にも、確認したがる者は多いかもしれません」

 モニカが視線だけで従者さんを窺うと、二人もしっかり頷いていた。

「私は村の全員でも構わないから、気兼ねしないで、見たい人は来ればいいよ」

 ただし見学の範囲はトンネル部分だけってことも、合わせて伝えておく。ルフィナ達の様子を見る限り、縦穴の飛行ツアーも喜ぶ人が居そうだが。流石にそれは私が大変だからなぁ。ごめんね、我慢してね。

「明日の午後二時に出発しよう。希望者はその時間に集めておいて」

「畏まりました。ありがとうございます」

 スラン村はこれから夕食で、食堂にほとんどの住民が集まるそうなので、その席で確認してくれるそう。

 目が見えるようになってからはモニカも極力、食堂で取るようにしているらしい。村人みんなとお話しできるし、良いことだと思う。私もこの村に本格的に住むようになったら偶に混ぜてもらおう。良い食材を提供することを条件に。

 私、カンナ、三姉妹の屋敷は全部キッチンがあるから、おそらく半自炊になるとは思う。でも臨機応変で食堂に混ぜてもらうのも悪くないよね。その辺りは移り住んでから相談しようか。

 それはそれとして。話し合いは終わったのでまた自分の屋敷に戻りましょう。丁寧に見送ってくれるモニカ達に挨拶をして、のんびりと村を歩く。

「あの、アキラ様」

「ん?」

 すると、間もなく屋敷に到着だというのに。カンナが声を掛けてきた。ちょうど周囲に人気が無くなったタイミング。見計らっていたのかな? おずおずとした様子だ。足を止めて振り返る。

「先程、リコットが不機嫌ではないかと気にしていたようですが、本当に……ご気分に変わりはございませんでしょうか。もし、先程の地下道で、私がお気に障ることをしたようでしたら……」

「ええ~、あれは本当に嬉しくて癒しだったよ?」

 どうやら、頭を撫でてほしいって私に願ったことを今更気にしている。侍女としてもカンナとしても珍しい言動だったから、後から不安になっちゃったらしい。

「不機嫌になんか、なってないよ」

 でもリコットにはそう見えたんだよね。鋭い彼女がそう感じたなら、何かあるのではないかと勘繰る気持ちもちょっと分かる。あの子は異常なくらい、人の心の動きを感じ取るからなぁ。でも私には自覚が無い。……何かあるかなぁ。

「あー、カンナに触りたくなっちゃったから、とか?」

 私の言葉に、カンナが目を瞬いた。

 地下道で頭を撫でていた時。可愛くて堪らなくて。許されるならもっと撫でたかったし、何ならキスもしたかった。いっそベッドに行きたかった。

「ちょっとの刺激で、すぐに欲しくなっちゃうんだよねぇ」

 この辺はもう、生来の性質だろう。しかし流石の私も、いつでも欲望のままに女の子を求めていいとは思っていない。日々ちゃんと我慢している。行動に移しちゃうと社会的にも倫理的にも問題があるからね。

「アキラ様が、お望みであれば、私は……」

 視線を下に向けたままで、小さな声でカンナが呟く。この子はいつだって健気で従順で。言葉一つ一つに愛おしさばかりが湧き上がって仕方がない。

「私が求めるなら応じようと思ってくれていることは、伝わっているよ。ありがとう。でも今は私が我慢したいから、してるだけ」

「我慢、したい……」

「うん」

 普通に考えれば、我慢なんて誰もしたくない。だけど女の子達を想った我慢は、『したくてしている』という表現が近かった。『女の子達の為だ』と考えるのも実際はあくまでも私の基準で、完全な自己満足だ。我慢していることが女の子達を愛する一環だと勝手に考えて、勝手に満足している。今はそういう状態。

「大丈夫だよ。私は何も怒ってないし、不機嫌でもない。ストレスも感じてないよ」

 結論付けるように改めてそう告げたら、カンナはゆっくりと飲み込み、こくりと頷いた。

「……はい。失礼いたしました」

「ううん」

 いつも沢山心配させてしまっているからね。労いの意味を込めて頭を少し撫でた。その後、ようやく二人で屋敷に帰った。

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