第787話_褒美
手早く木枠を組み立て、裏からしっかりと布を固定。表からは目立たない。うん、完璧。
「よーし、帰ろう」
転移するべく、無駄にカンナを両腕で抱き締めた。引き寄せることから意味が無いので、全てが無駄な、ただの痴漢行為である。
当然、カンナはきょとんと目を丸める。そのままじっと私を見つめてくるものだから、可愛くって転移できない。抱き締めただけという状態になった。可愛いねぇ。すりすりとカンナの側頭部に頬擦りする。積み重ねる痴漢行為。
「アキラ様」
「ん?」
流石にいよいよ苦言を呈されるかな。一時停止し、大人しく言葉を待つ。しかしカンナは一瞬だけしか私を見上げなくって、頼りなげに視線を泳がせた。
「……いえ、何でも、ございません」
「『嘘』が出てる」
「そ、それは、その……」
珍しく狼狽しているな。可哀相だけど可愛くて眺めてしまう。一体何があったんだ。いや、私からのセクハラ被害の真っ最中なのは否定の余地が無いんだけどね。そのせいかな。どうしようかな。
「アキラ様にお伝えするほどのことは、何もございません」
「ふむ」
今度は『嘘』が出なかった。『本当』も出ていないのだけど。うーん。どうしようかな。
「ねえ、カンナ。いつも沢山、働いてくれてありがとうね」
唐突に改まって礼を述べるものだから、カンナは話の行方が分からない顔で目を瞬いている。その目をじっと見つめ返しながら、私は笑みを深めた。
「何かご褒美をあげたいな。欲しいものはない? してほしいことでもいいよ」
与える側の言葉を扱いつつも、おねだりをしているみたいな甘えた声で囁いた。カンナは混乱した様子で目を瞬く。
「アキラ様には、いつも充分に良くして頂いておりますので……」
「えー。私は、更に追加したい気持ちなんだけどなぁ」
主人たる私が食い下がるから、カンナは困り果てている。逃げようにも両腕でしっかり抱かれていて、腕の中で、もじもじしていた。可愛い。頭頂部に顎を乗せる。こんなことをされても、カンナは大人しい。愛しい。
「……その、でしたら」
何かを言おうとしたものの躊躇したカンナは数秒の沈黙を落としてから、消え入りそうな声で、「頭を撫でて下さい」と続けた。可愛すぎてめちゃくちゃにしたくなったが、何とか持ち堪えた。
腰に回していた両腕の一つを解き、カンナの頭に添える。無遠慮に乗せていた顎はもう退けた。
「こんなことでいいの?」
よしよしと丁寧に撫でながら尋ねる。カンナは額を私の胸に押し付けたままで、じっとしている。
「アキラ様から肯定して頂いているように感じるのです。何よりも、嬉しいことです」
理由まで、何ともいじらしい。抱き締めている腕に思わず少し力が籠る。
「つい撫でちゃう時、困らせてるかもってよく心配になってたから。嬉しいって思ってくれてるって知って、ホッとした」
「困ったことはございません。必ず嬉しく思っています」
それは私もすごく嬉しいなぁ。撫でたい私と、撫でてほしいカンナで、ようやくお互いの望みが完全に一致した。甘やかしたい私と働きたいカンナで、望みがいつも競合していたのにね。
「あれ。もしかして、さっき棍を撫でた時……いや、何でもない」
腕の中のカンナが少し硬くなったので、言葉を飲み込んだ。ふむ。
私が無遠慮に棍を撫でた後、妙に気にしていたのは……自分ではなく棍が褒められて寂しかったのか、羨ましかったのか。それとも、棍まで褒めてもらえて嬉しかったのか?
うん、どれだとしても可愛いな。カンナは追及されたくないみたいだから、暴くのは止めておこう。
たっぷり撫でた後、腕を緩めながら身体を離す。解放する前に、小さな背中をそっと撫でた。
「今日も傍に居てくれてありがとう」
「はい」
額にキスも落としたくなったが、彼女の言う「嬉しい」の範囲はそこまでではないので止めました。私の欲望は際限が無いね。困ったものだ。
煩悩を振り払い、今度こそ、スラン村の屋敷に転移した。
早い時間に帰宅した私達に、女の子達は目を丸めた。そして「開通したから今日はもうお休み~」と言ったら更に真ん丸になった。可愛い。とりあえず私はカンナにお茶をお願いする。
「開通したんだー。えー、歩いてみたい!」
「はは。ただの土の洞穴だよ?」
本当に何の変哲もない洞穴だ。でも午前に一緒だったナディアも「貴重な体験をしたわ」と言っちゃうから、余計に他の子らが興味を持ってしまった。目がきらきらしていて、この愛らしさに私が抗えるはずもない。
「じゃあ明日、希望者はお散歩させてあげる。トンネルの部分だけだよ。縦穴は、あんまり人数を連れて飛ぶのは大変だからさ」
女の子達は全員行きたいと手を挙げちゃったので、まとめて連れて行こう。うちの子らだけ連れて行くと角が立つ……立つかは分からないけど、スラン村のみんなにも声を掛けよう。
「後でルフィナ達のとこに行くついでに、モニカのとこにも寄って、希望者を募ってもらうか」
村全体の連絡をいつもモニカ任せにする領主です。横暴だね。スラン村の反乱って下手な街の反乱より怖そうだから苦言を呈されたら即座に反省するようにします。それまでは横暴を続ける。
「今回は仮の昇降機を付けるんだっけ?」
「そのつもり」
今回設置する予定の昇降機は最終版よりもずっと小さくて、人だけを乗せても最大六名くらい。資材も積むなら乗れる人数はもっと限られる。
「工事用の昇降機だからね、最終のものとは仕様も変わってくる。ルフィナ達と相談しながらちゃんと設計しないといけない」
「あー、だからこの後、会いに行くんだ」
その通り。相談をしに行く。とは言え、手ぶらで行くのではなく。叩き台としての設計があった上で要望をすり合わせる形にしたいから、まずは私の案で設計するつもりだ。
「前触れして参りますか?」
「んー、いや、変に構えさせたくもないから、しなくていいよ」
お茶を並べながらも更なる仕事を探すカンナに感心しつつ、前触れは制止。二人が忙しくて話が出来ないなら、明日でも構わない。私の指示にカンナは小さく会釈をして了承した。
「しばらくカンナも休憩してて。私は設計する~。この辺で」
ダイニングテーブルの一角を指した。みんなはハイハイと笑ってその部分を空けてくれる。ありがとう。早速、設計用の紙と筆記具を広げた。
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