第786話

「では改めて。行ってくるー」

「行ってらっしゃい」

 向かう先は、さっき掘削を中断した場所。もう縦穴の点検は必要ない為、カンナを引き寄せてそのまま現地へ転移した。

「今は此処。この辺りまで進んだら、向こう側に転移して、こっちに向かって掘る予定」

 地図を出してカンナにも一応、今の状況と今後の予定を伝える。

「工事済みの箇所を傷付けないように、ということですね」

「その通り」

 意図をすぐに理解してくれて嬉しいね。弾んだ声で返事をした。そして掘削を再開すべく彼女に背を向けた私は、カンナが何か言いたげに唇を震わせたことを見落とした。数拍の間があってから、やや戸惑った色の「アキラ様」が聞こえた。

「うん?」

「ほんの少し、高度が下がっています」

「えっ、……うわ。本当だ」

 言われてから測定魔法を起動する私である。

 ずっと起動しておけば良いのは分かるんだけどさ、照明魔法と魔力探知と掘削と、あと空間を保持する為の結界魔法も全て並列で動かしているので、これ以上、魔法が増えるのはしんどかった。

 だから休憩時など、一部の魔法を止める時にだけ起動して確認していた。……ただ、途中からちょっと忘れていた気もしなくはない。

「え~? あっち側の魔法石と位置を揃えてるつもりだったのに」

 それでも、向こう側に埋めた魔法石の位置はずっと探知魔法で確認し続けていた。それもあり、測定をちょっとサボるくらい、平気だろうと思ったのだ。

 しかし現在の位置が低いのは事実である。屈んで改めて魔法石の位置を慎重に探り、高さを比べてみる。

「あー……間違いなく、ズレてるね」

 数値にやはり間違いはなかった。立った状態で位置を確認していたせいだ。方角のズレは最小限でも、高さの感覚は目線を合わせなければ分かりにくい。考えれば分かるのに、生来の横着さが表れている。「今まで水平に掘れているんだからこのまま進めれば大丈夫」という感覚で作業しちゃった。

「カンナ、海抜十八メートルに保ててる位置、何処までだったか確認してきてくれる?」

「畏まりました」

 昨日、カンナが一緒に居てくれていた時は間違いなく海抜十八メートルの高さで掘り続けていたはず。今のズレはまだ三十数センチだから、そんなに遠くじゃないと思うんだけど。

 カンナが確認してくれている間に、一歩先は少し高く、ちゃんと海抜十八メートルで掘って目印にした。はあ。当たり前だが天井も高さが違う。どちらも直さなきゃ。

「アキラ様、確認できました。此方になります」

「わー、思ったより遠い! ありがとう、何か印を付けられるー?」

「はい」

 小さいカンナの影に呼び掛ける。十数メートル向こうから既に間違えていたらしい。私のバカ。さっきは疲れているだろうカンナを休ませてあげたいとか考えていたくせに。優秀な侍女様が居ないと一人で作業も出来ないんじゃないか。反省しつつも作業は進める。今いる場所の地面と天井の高さを揃えてから、再びカンナを振り返った。

 すると、カンナは愛用のこんを地面に入念に突き刺していた。ねえ。それ大事な棍でしょ。分かりやすいけどさ。笑ってしまうところだ。

 棍が安定したらカンナは傍に戻ってきてくれた。足元を埋め直し、天井は少し上げながら、棍が立っている場所まで一緒に移動する。今回は決してサボらず、細かく測定魔法を起動させて慎重に修正を行った。

「よーし。これで良いかな。間違ってたとこなかった?」

「はい、水平であると思います」

「ありがとう。早めに直せて良かった。気付かないまま繋げたら、うっかり落下したかもね」

 こちら側が低くなっていたから、向こう側から掘り進めて繋がった時、気にせず歩いたら落ちている。

 今の落差は三十センチ程度なので怪我をしても捻挫くらいで済むだろうが、一メートル以上になってからだとちょっとね。咄嗟に浮遊できなかったら大怪我だ。

「あと、ごめんね、君の大事な棍を汚させちゃって」

 地面に突き刺された棍には少し土が付いていた。カンナがすぐに払っていたものの、細かな傷が付いたかもしれない。けれどカンナは何でもないことのように首を振る。

「いいえ、武器はどのように利用しても汚れ、傷付くものです。使用せずただ持っているよりは、ずっと有意義な役割と存じます」

 うーん。言わんとすることは分かるが。それでも本来はさせなくていい仕事だったんだよな。カンナの棍を、ちょっとだけ撫でる。この子もきっと、持ち主に似て真面目で働き者なんだろう。

 その後、何故かカンナはしばらく棍を仕舞わずに手の中で弄んでいた。

 どうしたんだろう。私が触っちゃダメだったか? でも文句は言われなかったし……いや、カンナが私に文句を言うわけがないか。次から気を付けよう。

 閑話休題。掘削を再開だ。

 今度こそ、カンナのお世話になり過ぎないよう、小まめに高度を確認して掘削するようにした。私は一人でも出来ます。大丈夫です。……うーん。名誉挽回、まだ当分は無理かな。

「はー、そろそろ向こう側からにしようかな」

 向こう側のトンネルと距離が近くなってきたので、切り替えよう。こっちにも目印用の魔法石を幾つか埋めて、準備万端。

 出入口側からの掘削作業の方も順調に進み、トンネルは無事に開通した。左右の壁が二センチくらいズレてはいたけれど、許容範囲。さっきの三十センチ落差ほどの問題ではない。すぐに修正できた。

「布が揺れないように、木材で補強しようかな~」

 現在は、まだ整えていない部分を分厚い布で隠している。さっきまでは壁に張られていたものの、開通してしまったことで、風で煽られたら捲れ上がる可能性が出てきた。バレないように固定しておいた方がいいだろう。

「ルフィナさん達に任せても良いのではないですか?」

「うーん、まあ此処だけだから、いいよ……今何時?」

「十五時でございます」

 ふむ。私は一度手を止めて穴の奥を見つめ、それからカンナを振り返った。

「これが終わったら、今日の工事は終わりにしよう。村に戻ってお茶にしよ」

「はい」

 間もなくおやつの時間だからね。

 トンネル開通の目標はまず達成できたし。残る作業は仮の昇降機の設置だけど、流石にそれは設計を詰めてからじゃないと着手できない。何より、カンナの疲れが心配だ。今日は早めに切り上げましょう。

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