第785話

 なお、カンナがまだ抱えている三冊もお父さんのお勧めのホラーサスペンス小説らしい。カンナが好みそうと思ったものを厳選して送ってきたという。面白かったらナディアにも貸すと説明していた。

「もしかしてなんだけど。カンナってさ、お父さんに何かお願いするの久しぶりだったりしない?」

 リコットが言った。私も同じようなことを問おうとしていた為、笑いながらカンナの様子を見守る。

 しかし問われたカンナは何故そのようなことを問われているのか分からない顔で首を傾けて、記憶を辿るように少し視線を落とした。

「そう……ですね、父へ何かを願うというのは、あまり覚えが……おそらく、アグレル侯爵家の件が最後だったかと」

 ああ。モニカの家がフォスターに落とされた時のことか。確かお姉さん達と共に「兵をあげてアグレル侯爵家を取り戻そう」と掛け合ったとか。うーん。三年も前。しかも自分に関する願望や我儘ではない。

 それ以前となると全く覚えがないみたいで、頻りに首を傾げただけで何も言わなかった。

「君は愛されているね。お父さんはきっと、カンナから『頼られた』ことがすごく嬉しかったんだと思うよ」

 指摘に、カンナが目を真ん丸にしている。本人以外は察した顔で笑っているのだけど、本人が飲み込むのはまだ難しいみたい。

 微笑ましいね。珍しく甘えてもらったと思って、お父さんが張り切ったのを想像しちゃったな。そういえばホラー系の本は伯爵家でもカンナとお父さんしか読まないって言ってたし、お父さんもそういう本が好きなら、数少ない、趣味が合う娘。しかも年の離れた末娘でしょ。可愛いに決まってるよね。実はめちゃくちゃ溺愛してそう。

 本人には、あんまり伝わっていないっぽいけどさ。そういう不器用なところももしかしたら、父娘なのかな。

 リコット達と視線だけでその辺りの思考を共有し、苦笑を交わした。でもそれ以上は踏み込まない。無粋になってしまいそうだから。

 その後、昼食を済ませたら私とカンナはモニカの屋敷に向かい、カンナが見繕ってきてくれた服を納品した。

 領収書を渡したが、屋敷の出来高と相殺することになったので、特に金銭のやり取りは無かった。

「カンナさん、素敵なものを選んで下さって、本当にありがとうございます」

 従者のユリアとライラは服を受け取って確認すると、即座にカンナの傍に行って小さな声でそう伝えている。

「服を選ぶ際の基準や知識は、王宮で学ばれたのでしょうか?」

 なるほど。侯爵家の元侍女としてはそういうところが気になるんだな。王宮侍女と言うのは本当に、侍女界の頂点なのだろう。

「明確なマニュアルはございませんが、先輩方の仕事を間近で拝見しながら学びました。時には助言などを頂けることがあり――」

 二人の質問に対してカンナは生真面目に答え、教えの例などを告げる。ユリアの方はメモまで取って真剣に聞いている。ユリアとライラは比較的この村の中で若い方だと思うが、カンナよりはおそらく年上だ。

 まあ本人達はあんまり気にしていないね。きっと大きな歳の差は無いし、同世代の情報交換って感じ。可愛いね。

「ですが今回は貴族として着飾る意図ではございませんので、リコットや店の方からもご意見を頂きました。まだまだ勉強中でございます」

 お店へ行くカンナの付き添いは、つまりリコットが行ったらしい。ラターシャとルーイは姉組の分も含め、追加の荷物をまとめていたとのこと。ちなみにカンナは帰宅後に自分と私の追加の荷物もまとめてくれたようだから、うん、仕事が多かったね。申し訳ない。後で労おう。

「カンナ、一度屋敷に戻るよ。邪魔してごめんね、ユリア、ライラ。今度またゆっくりカンナとお話しして」

 私が口を挟むと、ユリアとライラは少し慌てた様子で背筋を伸ばしてお辞儀した。

「とんでもございません。カンナさんはお仕事中でしたのに、申し訳ございませんでした」

 モニカも苦笑しながら「二人が申し訳ありません」と共に謝っていたが、私は「いいよ~」と呑気に答えた。カンナは何も答えず、モニカ達に会釈するだけだった。カンナの仕事を邪魔して良いか悪いかも、決めるのは私になるからだ。

「この子に仕事を頼む時は今みたいに言うから、何もさせてない時と、私が止めない時は好きに話し掛けて構わないよ。カンナもいいね?」

「はい。アキラ様がお許しになるのであれば、私が拒む理由もございません」

 先日、リコットが『客人』扱いをされていると言っていたことを思い出したので、敢えて口に出して伝えておく。

 そもそも私がはっきり言うタイプだから、そんなに悲観しなくてもいいんじゃないかなーと思うんだよね。

 不満を飲み込んで腹の中だけに積み重ね、その内爆発するようなタイプだったら慎重に見極めなきゃいけなくて大変だろうけど。

 今回も麓の作業中、カンナの意識を他に取られたら嫌だって駄々をこねたし。ああいう私の幼稚さと単純さが伝わるにつれ、スラン村のみんなが身構えず、気軽に私の女の子達と接するようになってくれると思う。

 幼稚さがこんな形で役に立つとはな……。んん。あまり考えるのはやめよう。

 とにかく、私はカンナを連れて屋敷に戻った。

「ただいまー」

「あれ? おかえり」

 一度帰ってくるとは思っていなかったらしくて、ダイニングに居た女の子達に首を傾げられた。

 姿の見えなかったナディアは少し遅れて寝室から出てきた。本を手にした状態。ホラーを読むから他の子達の目に付かないところに居たんだね。

「カンナ」

「はい」

 ちょっと改まってカンナに向き直る。みんなも不思議そうに私達を見つめていた。

「体調は? お買い物でもう疲れてるかなと思ってるんだけど」

「問題ございません」

 ふむ。嘘のタグは出ていないな。

 女の子達も今の会話で一旦戻ってきた理由を察したらしく、ちょっと口元を緩めながらカンナを見つめた。

「それでも『休んでほしいから此処に待機』って言ったら、カンナは嫌?」

「……はい」

 見事に『本当』のタグを出してくれる。嫌かぁ。可愛くて思わず笑ってしまった。

「なら、今日も傍に居てもらうけど。本当にしんどい時は言ってくれるね?」

「承知いたしました。正直にお伝えいたします」

「うん」

 実は今の発言に本当のタグが出ていないんだけど、嘘のタグも出ていないから。まあ、努力目標ってところだね。

 この子は今だけじゃなく、明日以降もずっと仕事を休みたくないはずだ。だから後日動けなくなるような無理まではしないだろう。多分。

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