第784話
地表に到着した時、ナディアは好奇心いっぱいに縦穴を見回した。恐怖から解放された安堵という顔では全くなかったので、もう本当にすっかり怖くなくなっていたみたい。可愛いねぇ。腕を緩めたらすんなり私から離れて、土壁を間近で見つめて楽しそうに尻尾を揺らしている。
「おっと。此処もちょっと雑かな。直しておこう」
ちなみに縦穴チェックの結果は、前半は均一だったのに、下層に向かうにつれて歪なまま残してあるところが数か所あった。「もう少しで目的地だ」と思って気が急いてしまったのかも。きちんと修正しました。
「ナディ、あっちに向かうよ」
「あ、えぇ、そうね」
夢中だったところごめんね。さておき掘削は横も進めていたものの、まだそんなに長くは掘れていない。ナディアを連れてゆっくり歩いてもすぐに突き当たりに到着できた。
「偶に時計を見てくれる? 多分、集中したら分からなくなるから。それ以外は好きにしてていいよ」
「分かったわ。休憩したくなっても声を掛けるわね」
「うん、助かる」
休憩『したくなったら』と、自分のことのように言うが。多分ナディアは私に休憩『させたくなったら』声を掛けてくると思う。大変助かる気配りだ。
厳しいナディアの目があるなら本当に安心だよ。今日はちょっと好奇心の強い猫ちゃんだけど、それでもしっかり者のお姉ちゃんであることは揺るがない。
一つ、大きく息を吐き出してから、私は掘削を開始した。
予想通りナディアが定期的に休憩の声を掛けてくれたことで、適度に休みながら作業を進められた。お陰で午前の内に疲れ果ててしまうような情けない結果にもならなかった。
「そろそろ戻ろうか」
昼休憩にしてもいい頃だ。私の言葉に、少し離れた場所をお散歩していたナディアが戻ってきた。
「ところで今は、どれくらい進んでいるのかしら」
「ええとね」
地図を広げ、縦穴の方に埋めてある魔法石と、門の方に埋めている魔法石の位置を感じ取って、「この辺」と指差す。
「もう半分以上……いえ、入口の方は既に少しこちらに掘り進めてあるから、三分の二は進んでいるのね」
頷いて肯定した。標高の高くない山だから、麓までの直線距離もそんなに長くはない。休憩を多めに取って慎重に進めても、割とすぐにトンネルは開通できそうだ。
「最後に帳尻を合わせるのが一番難しいけどね」
流石に数ミリのズレもないほど厳密に掘り進められるわけじゃない。だけど、しっかり石壁で作り上げてくれた道を傷付けるわけにもいかないから。近付いたら入口の方に転移して、そちらから掘る方が安全だろう。双方の道の位置は魔法石を各所に埋めて測るつもり。
「あなたが簡単にやってしまうから簡単に見えるけれど……実際は本当に繊細な作業になるのね」
しみじみとナディアが言った。とりあえず笑っておいた。規格外の人間と一緒に居るとどうしても少しずつ感覚が狂っちゃうんだろうね。悪影響。
さて。今の場所に魔法石を一時的に埋め込む。これで、午後に戻ってくる時は転移しやすい。
では戻るべくナディアを引き寄せて転移――しようとしたら、伸ばした手はぺちんと軽く叩かれて拒まれた。このままジオレンのアパートに飛ぶつもりだった為、受け入れた場合、私の腕に収まるナディアがみんなに見られることになるね。まあ、そうじゃなくとも引き寄せる必要は全く無い為、拒まれることは仕方がなかった。カンナがいつも許してくれるから、つい調子に乗りました。
「行くよ」
「ええ」
引き寄せない代わりに、きちんと転移タイミングを伝えてから発動した。流石にもう慣れてはいるだろうが、転移の瞬間に必ず目を閉じているのを見ると、全く怖くないのとは違うと思うんだよね。
「ただいまー。みんな揃ってるね。用事は終わった?」
ジオレンのアパートに到着したら今回も全員がソファに居た為、到着して一目で確認できた。口々に「大丈夫」「終わりました」と応えてくれる。
「それじゃあスラン村の方に戻って、お昼ごはんにしようか」
此処で調理して食べることもできるけど、使いたい食材をスラン村の屋敷に置いてしまっている。あちこち移動させるのも面倒なので、屋敷でのご飯にしましょう。
これは昨日の時点で決まっていたことなので誰も文句を言うことなく、
「――ナディア、少し宜しいでしょうか」
「ええ、どうしたの?」
屋敷に到着してすぐ、カンナがナディアを呼んだ。自分が呼ばれたわけじゃないのに気になって聞き耳を立ててしまう。
二人が場所を移すとか小声で話すようなら流石に気を遣って聞かないようにしただろうが、キッチンから目と鼻の先で立ち話をしているんだもの。なになに、どうしたの? ってなっちゃうよね。
「小包が私宛に届いておりまして。ナディアが探していた例の本を父が送ってくれたようです」
「おお、あのシリーズの」
思わず口を挟んでしまったが。カンナは肯定を示して頷き、ナディアも差し出された二冊の本を食い入るように見ていて、割り込んだことを怒らなかった。多分、本が優先なんだと思う。
「此方はもう好きにして構わないとのことなので、自由にお読み下さい」
「ありがとう。……伯爵家から本を借りるなんて、流石に恐れ多いわね」
口ではそう言うも、ナディアの尻尾はぴんと天を向いている。嬉しそう。
「問題ございません。それから……」
カンナが新たに四冊の本を収納空間から取り出す。本が沢山だねぇ。
「このシリーズの最新刊が、来月に発売されるそうなのです。それを父が……出版元に少々無理を言って、先に手に入れたとのことで」
「え」
四冊から一冊を抜き取り、ナディアに見せている。まさかそれが、『先に』手に入れた本なのか。
曰く、カンナのお父さんはこの一冊を手に入れる為にしばらく奔走しており、先日ようやく手に入れて、家に保管してあったシリーズの二冊と共に送ってきたのだと言う。
「本について『確認する』と返事があってから、父にしては連絡が遅いものだと不思議に思っておりましたが……このような無茶をしていたとは」
そう零すカンナは少し眉を下げている。呆れているのか、戸惑っているのか。いや、両方かな。珍しい表情だったからまじまじと見つめてしまった。
「父に感想を送らなければいけないので、こちらは先に読ませて頂きますが。読み終わったらお貸ししますね」
「あ、ありがとう。私はいつでもいいわ。お父様はカンナの為に手に入れたのだから、ゆっくり読んで」
ナディアの言葉にカンナは僅かに眉尻を緩めて、「はい」と頷いた。少し嬉しそうな声だった。
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