第780話

 お昼ご飯休憩を含め、麓と縦穴を三往復した頃。ケイトラントがお目覚めであるという連絡が来た。ちょうど縦穴の上に居た為、転移ではなく飛行でスラン村に迎えに行く。正門から見て一番奥にあるモニカの屋敷と今の場所は近いので、転移魔法が勿体ない気になっただけである。ひょーい。モニカの屋敷前に立っていたケイトラントは、飛んでくる私を見上げて苦笑していた。

「おはよう。そっちに居たのか」

「うん、おはよ。順調に掘り進めてるよー」

 掘削作業はあまり繊細さが必要なく、私にとっては好きな作業。だからまだそんなに疲れていなくてご機嫌です。

 ケイトラントは布に包まれた扉二枚を抱えていた。宣言通り、しっかり仕上げてくれたみたいだ。それにしても……この人が携えていると若干小さく見えるな。いいなぁ、私もこの体格が欲しいかも。格好いいよね。

「アキラ、私も一度、縦穴を見に行ってもいいか?」

「おー、勿論」

 距離感も見てほしかったから、まずは飛ばずに歩いて縦穴の方へと向かう。勿論、彼女が抱えていた扉は受け取りました。彼女にとっては軽くとも、抱えているのは大変だろう。

 石壁前に到着し、安全の為に囲っていることを説明した後、飛行で上から穴を見つめた。

「思ったより大きな穴だな」

「馬車ごと入れるようにと思ってさ」

「なるほど」

 あと、もし何かあって避難する場合も、全員が入れるように。うちには馬も羊も居るから、その子達も。そのように説明していると、ケイトラントは妙に感じ入るように頷いていた。

 三年前、屋敷からモニカ達を救出した時。隠し扉奥の秘密の通路から外に出て逃げたんだったよな。

「……ごめん、何も考えてなかったけど。モニカ達にとって此処は、嫌な思い出を呼び起こしちゃうかな」

 暗い穴をじっと見つめているケイトラントに問う。

 彼女は一瞬、無防備に目を丸めて顔を上げ、それからふっと柔らかく笑った。

「私にモニカさんの代弁はできないが。もし本当にそうであればモニカさんが止めている。村の者に我慢を強いるような人じゃない」

 そりゃそうだ。私より何十倍も思慮深いあの人のことだから、私が提案を出した時点でその程度のことは頭を過っていたかもしれない。つまりその辺りも加味して同意してくれた、と考えていいだろう。

「何より、あの場所があったからこそ助けられた命があるんだ。あくまでも私の意見だが、悪いだけの記憶ではないさ」

 危機を味わった人達だからこそ、同じような『逃げる道』を用意することが安心材料にもなるのかな。

 当時を知らない私に汲み取れないものは、沢山あるだろう。これからも私が無神経な提案をしてしまった時にはモニカやケイトラントがしっかり堰き止めてくれるといいな。今回はとりあえずセーフ。

「ところで、お前が居ない間にも此処を下りられないか?」

「やめてよ。即死されたら助けられないんだよ」

 山としては低いかもしれないが、人の身が耐えられる高さじゃない。超高層ビルの高さだから落ちたら生き残る可能性はゼロだ。

 しかし、ケイトラントは不満そうな顔で肩を竦めている。

「どうして下りたいの?」

「工事が進められるだろう」

「働き者すぎる……」

 村周辺の道は整備されることを予想していたが、縦穴まで不在の内に工事しようと思っているとは。私の想像を遥かに上回るレベルの働き者だった。怖いとすら感じる領域だ。

「はあ。分かった。工事用に、仮の昇降機を考えるよ」

 この働き者を、私は制御できる気がしない。何か対策しないと無断で危険を冒しそうだ。

 昇降機ほどのことをしなくとも、もっと簡単に、五十個ほどフロアを作って梯子で上り下りさせる仕組みでも安全は担保できるが、それをやっちゃうと麓まで下りたらこの高さまで梯子で戻る羽目になるので、流石に移動が無茶だろう。ちょっと手間を積んで階段にしたところで同じことなので、やはり昇降機が必要だ。

「悪いな。助かる」

「いいよ、なんかお互い様っぽい」

 思い付きで私が推し進めた工事ではあるが、村のみんなにとっても必要な施設だ。私が申し訳ないって言ってもモニカ達は「村にとって必要なものです」と言うだろうし。持ちつ持たれつってことで。

 とりあえずこの話はこれでひと段落。ケイトラントを連れて麓に転移し、受け取った木製扉を設置した。

「なんかもう、完成だぁ」

「見た目は完璧だよね」

 隣で設置を見学していたリコットとラターシャが頷いてくれた。残っている作業がいよいよコーディングだけになったので、素人目にはもう完成している。

「次の休憩では終わってそうだね? 待ってる間にもし寒かったら、この辺、使ってね」

 毛布などを出しておきました。みんなは笑っているけど。肉体労働で疲れた身体を汗で冷やしてしまってはいけないんだよ。寒いと思っても村から離れたこの場所じゃ、収納空間になんでもかんでも入ってる私以外は成す術がないわけだし。

 という私の予想通り、私とカンナが次に来た時には全員がのんびりとテーブルで休憩していた。ラターシャは慣れない労働で疲れたのか、私の置いて行った毛布に包まってウトウトしていた。可愛い。

 さておき。体力の余っていたらしいスラン村組は、シンボルとなる大木の石の囲いも作り終えてくれている。仕事が早いや。

「ケイトラント、あそこ、もう開いちゃおうか」

「ああ」

 街道を隠していた六本の木。

 頷いたケイトラントが、あっという間に木を倒して、枝葉を落としてくれた。私はその間に、切り株を掘り返して回収し、地面を均し、最後の縁石も埋め込む。倒れた木々も回収した。これで街道が開通だ!

「何だか、感慨深いというか」

「……山を下りましたね」

 近くに来たルフィナ達は遠くを見ながらそう言った。声が微かに震えていた。

 麓で作業している間もずっと山を下りていたんだけど。山から出てはいなかった。

 ヘイディは一度、私が街に連れて行ったものの。強引に転移で連れ出した前回と、自分の足で山の外に歩いた今回ではきっと意味が違う。

 彼女達は三年前に命からがらこの山へと逃げ込んで、それからずっと、山の中に居た。昔はいつだって見られただろう広い平原を、『懐かしい』と感じてしまうほどの長い時間をずっとだ。

「折角だから希望者を全員、連れてきてあげようか。正式な開通はまだ先だけど。スラン村の出入口の、完成お披露目だよ」

「――いいですね!」

 ルフィナ達が破顔して頷いたのを見て、早くも妙な充足感を得ていた。この工事をやって良かった。他のみんなも、喜んでくれたらいいな。

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