第779話
ヴァンシュ山は元々そんなに高くない山で、標高は三百メートルちょっとしかない。村の位置も頂上より少し下だし、昇降機で下るのも許容範囲だろう。
……元の世界の高層ビルを知っている身としては、そう思うけれど。人の身で思えば途方もない高さだ。私が考えられる程度の昇降機の仕組みでは、安全面を担保したままで高層ビルのエレベーターほどの速度では動かせない。
しかし、十分以内に到着できる速度なら別に構わないだろうとも思っている。じっとしてたら着くんだし、魔物だらけの山道を上り下りするよりはずっと早くて安全で、充分に楽だよね。
「掘りまーす。カンナ、私から離れないでね」
「はい」
腕を伸ばせば届く距離にカンナを置いて、大きな長方形の穴を掘り進める。昇降機はこの穴ぴったりの形になる予定だ。
馬を繋いだ状態の馬車をそのまま乗せたいので、本当に大きな穴となる。これは有事の際、村の全員が乗って移動できるだけの大きさでもある。
掘削を進めながら、深さが二メートルを越した辺りで、一度止めた。遠くて掘りにくいな。私も中に入るか。カンナを連れて、穴の真ん中へと下りた。
その後は、少しずつ下がっていく形で掘り進めて行く。
取り除いた土や岩は、転移魔法で麓にあった岩場に移動させている。昨日とは違う場所で、さっき飛んでる時に見付けた。近くに水場もなかったから投棄のままでいいだろうと思っている。雨風に晒されてその内、上手いこと自然の一部になるだろう。
一応、終わった後で様子は見に行こうと思っているけどね。
「アキラ様」
「んー?」
「頭上、雨や、入り込む塵は防いだ方がよろしいかと……」
「忘れてた。ありがとう」
今日は晴れだから雨の心配は無い。ただ少し風があるから、既に少しの砂と葉っぱが舞い降りてきているのが見えた。慌てて結界を張り、蓋をする。
「カンナ、汚れなかった?」
「私は問題ございません。アキラ様は……」
「あはは、どうだろ?」
頭の上はよく分からないな。パパっと頭の天辺と肩の上を払ってみる。何かに触れた感覚は無かったが、カンナが傍に来てくれたので、確認してもらった。汚れてはいなかったようだ。それはそれとして、カンナに沢山触ってもらえて嬉しかった。チェックの為なのは分かっていても。
その後は黙々と作業した。真下に掘り続けるってのは、横穴よりも遥かに簡単だった。あっという間に五十メートルほどを掘り終える。まだ一時間と少ししか経っていないし、疲れてはいないけど。
「ふむ。一回休憩にしようか。今更だけどカンナ、作業中、怖くはなかった?」
私の問いにカンナが目を丸める。質問の意味を分かっていないような顔だった為、答えが何となく察せた。
「全く問題ございません。アキラ様のお傍です」
この全幅の信頼が嬉しいんだよなぁ。『本当』のようだし、良かった。
暗い穴の中に落ちていくような作業だから、人によっては気が狂うほど怖く感じる可能性もある。……それなのに私の気遣いが遅すぎるね。昇降機自体、乗るのが怖い人も居るかもしれないな。モニカにも注意するように伝えておかなければ。
有事の際には我慢して乗ってもらうしかないかもしれないけど、事前に対策が考えられるならそれに越したことは無い。
「じゃ、麓の様子を見に行こう」
カンナを引き寄せ、転移してから、うん、引き寄せなくていいんだった、と思う。もう本当に癖。
「お疲れ様~、みんなの調子はどう……おっと」
洞穴に入る直前で止まり、私とカンナを結界で覆う。リコット達が慌てた様子で此方を振り返っていた。
「ごめん! 今ちょうどそっちに風を流してるところだった! 大丈夫?」
「平気だよ、そのまま流していいよ」
コーティング剤の匂いが迫っていたのでした。躊躇ったら穴に溜まっちゃうかもしれないし、遠慮なくどうぞ。すぐに結界で守ったから大丈夫だったとは思うけど。一応振り返ってカンナを窺う。彼女も問題ないと頷いていた。ステータスも異常なし。うん、大丈夫そう。
「此処は、作業中?」
「はい。ですがそのスノコの上は乗って頂いて大丈夫ですよ」
変わった形のスノコが敷かれている。既に仕上がっている場所にスノコの足を置いて、乾かしている部分を覆っているらしい。なるほど。
慎重に踏みしめて歩いたものの、あまり恐怖は無かった。大柄なケイトラントが乗っても大丈夫なようにはしてあるはずだから、私とカンナくらい平気でしょ。
「二人も、ちゃんと休憩は出来てる?」
リコットとラターシャに問い掛ける。きっとこういう作業には不慣れだろうから、ペースが上手く掴めないかもしれない。心配だ。すると二人は少しくすぐったそうに笑みを浮かべた。
「大丈夫。頻繁に休ませてもらってるよ」
ルフィナ達がかなり気を遣ってくれて、ちょっと進めたらすぐ休憩、くらいの作業となっているらしい。不慣れであることも、魔法を使うから神経が疲れてしまうだろうことも把握した上で指示をしてくれているようだ。うちの女の子達をありがとう。
全体的に石材の敷き詰めが終わっている為、一見するともうトンネル内が完成している。残る作業は、磨きとコーティングだけみたい。
「忘れてたけど、扉も付けないとね」
「ケイトさんが持ってくると言っていたので、お昼過ぎにまたお願いします」
「ああ、了解」
ルフィナ達は当然忘れていなかった。そして今日のケイトラントは午後からの参加らしい。昨日が妙に早起きだったことを、モニカから柔らかく咎められていたと言う。なるほど。そうしてお互いの体調を見守ってくれているなら、領主は安心です。
「アキラちゃんの方はどう? もう掘り始めてるの?」
「うん!」
ラターシャからの問いに元気よく頷く。縦穴の位置をモニカに了承してもらった上で、掘削中であることを告げた。
「下向きに掘るのは楽だったから、今日中に終わるだろうね。こっちの通路と繋げるところまでは難しいかも。明日かな」
「結局そこまで作っちゃうんだ?」
鋭いリコットからの指摘に、私は肩を竦め、笑いながら応えた。
「ま、折角だからね」
最初は出入口だけを開発する予定だったのに。随分と広がってしまったよね。でもそれはルフィナ達が石材の敷き詰めなどを全部やってくれて、私の手が余ったせいだから。無茶をしたわけではない。
この後、私とカンナは短くティータイムを過ごして休憩し、再び縦穴に戻った。
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