第776話

「ところでナディとリコ。この村で二日ほど過ごして、不便とか無かった?」

 さっきの話はもう終わり。

 普段なら可愛い子達に見つめられる時間は幸せでしかないけれど。今日はとっても居心地が悪くてくすぐったいです。

 私の心情を察してくれたらしくて、リコットは苦笑し、ナディアは小さく息を吐く。でも追求してはこなかった。

「『お客様』感がちょっと強くて、申し訳ないとは思う。居心地はいいんだよ、みんな良くしてくれるし」

 その言葉にナディアも同意するように軽く頷いた。

 女の子達の立ち位置については、確かに難しいところではある。

 救世主という特殊な立場を除いたとしても私はこの村の領主であり、身分も公爵位。モニカが侯爵位を取り戻しても、この村で一番高い。よってスラン村のみんなは私に恭しく接している。私もそれを咎めるつもりはない。

 そして何度か話題に挙がっているが、私にとって女の子達は家族のようなもの。

 これら二つの情報を繋げて考えると女の子達は『領主の家族』ないし『公爵の家族』になってしまう。

 時々モニカがみんなを「お嬢様方」と呼ぶのはそれを意味しているかは分からないが、まあ、スラン村から見てみんなは実質そういう位置になってしまうんだろう。

「みんなが許す範囲を、私が咎めることは無いよ。それを君達が理解してくれていたら、次第に解決するんじゃないかな」

 言い回しが分かりにくかったみたいで、ナディアとリコットが沈黙した。どういう意味だろうって考え込んでいる顔だと察したが、さて、どう説明したものか。私も言葉を選んで沈黙してしまい、部屋が静かになった。

「ナディアやリコットに、村の方々が気安い行動を取った時。本人の意志に背いてまでアキラ様がお怒りになることは無い、という意味かと思います」

 優しく静かな声で、カンナが補足してくれた。

「下の身分の者から行動を変えることは、おそらく難しいものです。私達の方から歩み寄り、気安さを咎めず、アキラ様も笑って見守って下さっている。そのような状況を繰り返していくことで、徐々に壁はなくなるのではないでしょうか」

 丁寧な説明だ。なんかそんな感じのことを私も言いたかった。うんうん。深く頷くことで肯定した。

「そっか」

 ゆっくりと飲み込んだらしいリコットも小さく頷く。

「幸か不幸か『共通の困った人』も居るわけだから、そうね、遠くない未来でもっと『仲間』らしくなれるわよね」

「それ私かなぁ……」

 まだ共通の『敵』と言われないだけマシと思うべきだろうか。度々振り回して困らせているのは事実で、弁解の余地はなかった。

「困った人だけど、みんな大好きだって思ってるからね」

 内心しょんぼりしているのを読み取ったのか、リコットが笑いながらそう言って、私の頬を撫でた。それから距離を詰め、頬にキスもしてくれた。

 目を丸める私を可笑しそうに見つめ返す瞳の甘さに誘われて、思わず顔を寄せたら。「ちょっと」と低く不機嫌なナディアの声が入り込む。苦笑しながらキスを諦め、額をこつんと合わせるだけにした。リコットも笑っていた。

「酔っ払い」

「あはは、そうだね。ちょっと酔ったかも」

 理性が焼き切れやすかった。それだけリコットが魅力的だったというのもあるが。

 リコットは肩に添えていた手を離す際、私の肩から肘までをするりと撫でていった。うーん。甘い触れ合い。お誘いだと思うんだけどなぁ。いや、慰めか。

 グラスを回して、カランと氷を鳴らす。あと二、三口で底を突く。これくらいにしておこうか。

「カンナ、水」

「はい」

 飲み終えることを宣言するように伝えたら、カンナの行動は早かった。いつも早いけど、いつもよりほんのちょっと。多分、心配されているね。

「ナディは明日ルーイとお留守番になっちゃうけど、寂しくなる?」

 残りの酒を呷ってから尋ねる。私の動作をじっと見ていたナディアは一瞬、反応が遅れていた。何でお酒を飲むだけで警戒されるんだろうか。

「……別に。ルーイを独り占めできると思えば悪くないわ」

「はは!」

 危うく爆音で笑うところだった。ぎりぎり抑えた。リコットは傾けたお酒を噴き出しそうになったようで、慌てて口を押えている。

 確かに、一日中ルーイと二人きりなんてことは今までほとんど無かっただろう。

 二人きりと言っても何も私の屋敷に籠るわけじゃないのだろうが、村を散歩したとして、ルーイが感想を伝えてくる相手も求めてくる相手も自分だけだという状況が、ナディアには幸せなんだろうな。気持ちはよく分かるよ。

「君らが大丈夫なのは分かってるけど。何かあったら、モニカ経由でいつでも呼んでね」

「ええ」

 絶対に呼ばないとは思うけど、素直に頷いてくれたので良しとしよう。

 ルーイの方も、リコットとラターシャが手伝いに下りると言った時に口を挟んでこなかったということは、二人で村に残ることを特に不安には思っていないと思う。寂しいと思っていたら「えー」くらいは言ってくれる子だからね。最近は気持ちを飲み込むことが減っている。多分。私の察せる範囲では。

 それに、お姉ちゃん達のことを大好きなルーイが、その時間を嫌がるはずもない。存外、ルーイの方もナディアを独り占めできるって、内心は嬉しく思っていたりしてね。

 そんな二人の時間を勝手に想像して、心がぽかぽかしました。

「そろそろ寝よっか」

 私が付き合わせていたくせに、促すようにそう言って晩酌を終了した。

 今夜はリコットが添い寝してくれる。真っ先に寝支度を済ませた私は、自分のベッドできゅっと端に寄ってリコットを待っていた。私のそんな待機姿を見下ろすリコットは、もうすっかり眠っている子供達を気遣って、笑いを噛み殺している。

「もうちょっとこっち寄って」

「はい」

 あまりにも端に居るせいで、リコットが寝そべっても互いの身体が遠かった。苦笑ながら呼んでくれる。うきうきと身を寄せたら、リコットが両腕を伸ばして私の頭を抱え込んでくれた。すりすりと二度、リコットの胸に頬擦りをして、身体の力を抜く。

 今夜も、穏やかな眠りが得られそうだ。何処か楽しそうに背を撫でてくれるリコットの手に誘われるようにして、一切の苦戦なく、私は眠り落ちた。

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