第774話_疑問
「まだ早い時間だし、晩酌でもしますか。ラタとルーイはどうする? 何か飲む?」
妙な空気にしてしまったので、呑気な提案をしてみる。リコットだけじゃなく、他の子らも眉を下げて笑った。ちなみに子供達はホットワインをご所望でした。勿論しっかりアルコールを飛ばしたやつね。
「ところで、お風呂はどうかな? 気に入ってもらえた?」
「も~~~最高。私しょっちゅう来そう」
即座にリコットが返してくれた言葉に笑った。嬉しいね、大歓迎だ。
「空が見えるって本当に気持ちいいよね。旅の間も何度か経験したけど」
ラターシャが続く。馬車旅の時はいつも野外で木風呂を使ってもらっている。衝立で周囲は囲むも、屋根を作ったことは無いから此処のお風呂と感覚は似ているね。
「しっかりと室内だという安心感もあるし、何より私も一緒に入れるのが、嬉しかったわ」
思わずニコニコした。ナディアが本当に嬉しそうで、私まで嬉しくなってしまう。実のところナディアの毛が肌に付くくらい、上がる時に流せばいいだけだから誰も気にしないだろう。でも本人が気にしているから、今まで無理を言わなかっただけ。
「カンナなんて基本こっちの屋敷に居るんだから、アキラちゃんが寝た後とか使いたい放題じゃん」
「ははは、そうだね。起きてる内に使っても別に構わないけど」
急に水を向けられたカンナが目をぱちぱちする。可愛い。みんなも彼女の様子に目尻を緩めた。この子の仕草とか反応、可愛いよね。
「……そのような贅沢をするのは、気が引けます」
彼女らしい考えだけど、私としては沢山の贅沢をしてほしいね。とは言え、無理強いして困らせてしまうのも本意ではないから口にはしない。
「大きく作ったから、勿体なくならないように、沢山使ってね。一人でもいいし、みんな揃ってでも」
みんなは大きく頷いていたが、カンナは最後まで困っていた。移住はまだ先だから、追々ね。
その後しばらくみんなでテーブルを囲んで談笑していたが、子供達はいつもの寝る時間通りに寝かせた。
しかし私は飲み終える気など全く無く、新しいウイスキーボトルを開ける。――すると、瞬く間にボトルがリコットによって取り上げられて、カンナに渡り、彼女の手でロックを入れられた。前みたいなことはもうしないのに。この警戒の強さよ。
「あ、そういえば。こっちにソーダって無い?」
「そーだ?」
聞き返してくるイントネーションが明らかに言い慣れておらず、少なくとも同じ名前では存在していない事を察した。
ウイスキーの他の飲み方を考えた時に、最初にハイボールが浮かんだ。
でもこっちの世界に来てから、炭酸系の飲み物をあまり見ていない。麦酒は炭酸だが、あれは製造過程で自然に発生するものだと思う。私の知るビールと同じであればだが。
「化学反応でも作れるけど、基本は圧縮して作ってたような……」
うーん。首を傾けながら少し独り言を言った後。ようやく思考を切り上げてみんなにも炭酸水なるものを説明した。順序が逆だね。
「水は存じませんが……ワインの一種に、発泡性のある品があったかと思います。希少なものですが」
「ほー、スパークリングワインはあるのか」
ということは、発酵など、製造の過程でできる炭酸の飲み物は存在しているものの、後から強制的に加える製法がないのかもしれないな。
「私はしゅわ~ってするのは麦酒しか知らないや。ワインもあるんだね」
リコットの言葉に、ナディアも同意して頷いていた。希少なものだと伯爵令嬢が言うのであれば、平民ではまずお目に掛かれないものなのだろう。
「ふむ……ラタとかリコは好きそう。ナディは苦手そう」
ルーイとカンナはどうだろう。弱炭酸なら楽しめるかもしれないが、強炭酸を好みそうなイメージはないなぁ。ラターシャは元より刺激的な食べ物が好きな子だから、飲み物も刺激を好みそうな印象である。全部勝手なイメージ。
「開発するつもり?」
私がノートを取り出して書き込んでいると、それを見止めてナディアが言った。
「どうかな~、まあ気が向いたらね」
別に、恋しく思うほどどうしようもなく炭酸が好きだったわけじゃない。ただ、私の世界には当たり前にあって、こっちの世界では見掛けないものを見付けるといつも書き出している。念の為だ。全部を取り戻したいなどと思っているわけじゃない。
「あ、そうだ。ねえナディ」
「なに」
「写真機って分かる?」
ノートを見直していて思い出した。聞こうと思っていたのに、すっかり忘れていた。ナディアが怪訝な顔で首を傾ける。
「ローランベルにあったものよね。写真を撮る道具のことでしょう?」
「おー、やっぱりあるんだ」
私の反応を見たナディアは更に不思議そうに首を傾ける。猫ちゃんが首を傾げる仕草って凶悪なほど可愛いよね。
気が逸れてしまったが。改めて自分の発言を説明した。
元の世界で『写真』は当たり前に存在していたものの、こっちの世界ではほとんど見ていない。唯一、ローランベルの街で彼女が勤めていたカフェが、メニュー表に利用していた。
「私にとっては身近だったものだし、可能なら手に入れたかったんだけど。あれは貴重な道具なのかな?」
ナディアは眉を寄せ、難しい顔でまた首を捻る。
「詳しいことは私も分からないわね。確か、ローランベルで開発されたものなのよ。その縁があって、街の店で使うものなら安くで撮らせてもらえるとか……」
「ああ、なるほど、そういうことだったのか」
最先端のものなら王都にあるのだろうに、どうしてローランベルで見付けて、他では見なかったのか。貴重なものだとしたら何故ローランベルの平民向けカフェにあったのか。色々疑問に思っていたが。今の説明でまるっと納得できた。
「写真機自体を見たことは?」
「無いわ。あのメニュー表は私が勤めるより前に作られたものだから」
大きさも分からないとのことだ。しかし、依頼をすれば店に撮りに来てもらえて、後日写真が届くという仕組みだったそうだから、街中で移動させられて、店内に入れることが可能なサイズであることは察せられる。しかし手で持てる大きさなのか、もっと巨大なのか。その辺りはまるで見当が付かないとのこと。ふーむ。
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