第773話

 夕食の準備が終わるより早く、カンナが相談を終えて戻ってくる。

「了承いただきました。ただ、掃除の手伝いだけでも十分な助けになるので、風生成は無理のない範囲で、とのことです」

「あはは。リコとラタ、明日は魔力残量の測定器を持ってね」

「……そうだね、残量を見ながら使うようにする」

 多分ルフィナ達が気にしているのはその辺りだろう。発展途上の魔術師は魔力量がそんなに多くないってことを、貴族邸で働いていたような彼女らはきっと知っているんだ。リコットとラターシャも苦笑しながら頷いてくれた。

「明日は二人にもお弁当が必要だね! 何にしようかな~とんかつ入れちゃう~?」

 何だか楽しくなってきて、うきうきと献立を考える。サンドイッチは玉子のものと、トマトとチキンのものにしよう。

「四人分のお弁当は大変でしょう。流石に、明日の朝は私達も手伝いましょう」

 ナディアが呆れたように言っている。私は楽しいから一人でも作れるけど、断ったら怖いので素直に「ありがとう」と言って受け入れた。

「あ! ねえルーイ、朝ごはんに君のオムライスが食べたいなぁ」

「あはは、良いよ。じゃあ、朝ごはんは私が作るね。アキラちゃんの担当はお弁当ね」

「了解です」

 役割分担が決まりました。他の子達は私とルーイのお手伝い。夕食の席で明日の朝と昼の献立を相談するのはちょっと面白かったが、効率的だね。

 食後、私の為に沢山使ったお皿を、女の子達が手分けして片付けてくれている。私が手伝いに入ろうものならいつも「邪魔」って言われるので、今日も大人しく受け入れていた。しかし、じっとしているのは落ち着かない。

「お片付けしてくれている間に、私がお風呂の準備をしてあげようかな~。全員一緒に入るよね?」

 問い掛けると、全員が揃って此方を見つめてきた。何か言いたげな、微妙な表情。え、ど、どうした。

「あぁ、いや、私以外の『全員』ね」

 悲しい補足説明である。警戒するのはやめてほしい。そう思ったんだけど、ナディアが「それは分かっているわ」と言った。だとすると今の微妙な御顔は一体何だろう。首を傾ける私に一瞥もくれず、ナディアが溜息を一つ。

「あなたから目を離すのがちょっと……」

「厳しすぎでは?」

 お風呂に入る短い時間すら目を離せないって、私は生まれたての赤ちゃんか何かか?

「可愛いリコが添い寝してくれる夜に、何処にも行きませんって」

 そう返すと、ちょっとみんなの表情が緩む。私が扱う理由として今のものは説得力があったらしい。

「悪さをしないようにね」

「ははは、了解です」

 長女様はそれでもまだ少し心配みたいだね。そんなことするわけないじゃんね~。私としては自信満々にそのように思うのだけど。時々私の考える「悪いこと」と女の子達の基準が違うからな……どうだろう。まあいいか。浴室を軽く洗い、女の子達の為に、大きな浴槽に湯を張った。

「出来たよ~、入っておいでー」

「アキラ様、お茶をご用意しておりますので」

「おお、ありがとう」

 これは足止めか? だから一体何を警戒されているんだ。

 苦笑しながらも受け入れて、広いダイニングテーブルに一人で座る。

 いつかこの村に住む時、みんなとは別々の屋敷に住む予定だが……大丈夫かな? こんなに厳しい監視体制じゃ、当分は難しそうだよね。もう少し信頼を得たい。

「まあ今は、一人で眠れるかも心配だけど」

 こっちの世界に来てから、一人きりの部屋で眠った夜は数えるほどしかない。最近はずっとみんなと同じ部屋で、ちょっと外泊したって誰かが一緒だったり、外で他の女性と寝ていたり。この世界の方が、一人で居る時間はずっと少なかった。

 その事実をなぞって、私は苦笑した。

 寂しくてならないのだ。

 こんなに大事にしてもらっていて、絶えず女の子達に囲まれていて、いつでも誰かが傍に居てくれているのに。私にとってこの世界は、今もまだ、寂しい。

 自らの行動にそれが表れていて、なんだか遣る瀬無い思いになった。


「――寂しかったの?」

 徐に問い掛けられた言葉に、微かに肩が震えた。目を丸めて、リコットを見つめる。女の子達が順に上がってきて、私とリコットとラターシャは、髪を乾かす係として動いていた。今はカンナの髪を乾かし終えたところだ。

「私に言ったの?」

「勿論」

 前触れが無かったから、目が合ったのに誰に対する問いなのか分からなかった。いや、自分に向けられたものじゃなければ良いと思ったせいかもしれない。

「何だろ。変な顔してたかな。自分じゃ分かんないや」

「そう?」

 疑わしかったのか、なおもリコットは不思議そうな顔で首を傾げていて、その斜め後ろからナディアがじっと私を睨んでいる。多分、本人は睨んでいるつもりじゃなくて、目を凝らして私を観察しているのだと思うけど。

「それより、リコ、まだ乾いてないんじゃない?」

「んー? もうちょっとかな?」

「ほらほらナディ、私を睨んでないで。可愛い妹が風邪ひいちゃうよ。乾かすの手伝ってー」

 促す私に呆れたようにナディアは溜息を吐くけれど、何も言わず後ろからリコットの髪に触れ、タオルと櫛で乾かし始める。私は風を当てた。

 ナディアの髪と尻尾はさっきラターシャとルーイがせっせと乾かしていたから大丈夫だろう。子供達は姉達が最優先で乾かしていたし、リコットでラストだね。

 後ろはナディアに任せ、前髪と、横の髪を手櫛で流しながら乾かしてあげる。ほとんどは自分でもう乾かしていたようだから、そんなに時間は掛からない。その短い時間、リコットはずっと私を見つめていた。気付かない振りでほとんど逃げて、偶に目を合わせて微笑んだ。

 そもそも。リコットの髪が気になったのも事実だが、話題を逸らした時点で先程の嘘はバレている。

 鋭い子らを前に完全に悪手だったなと、咄嗟に対応を取ってしまってから思った。良くない癖だな。

「乾いたわよ」

「ありがとうナディ姉。アキラちゃんも」

「うん」

 確認がてら頭を撫でる。いつもさらさらで艶々の髪だ。リコットは私の手を拒む様子無く、ただ少し困った顔で笑っていた。なお、長女様も後ろでまだ目を細めて私を見ている。鋭い視線がちょっと怖いです。

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