第772話

 不満を露わにしている私の隣で、カンナが小首を傾げた。

「何をしていても、アキラ様を意識から外すことは決してございません」

 むう。

 確かにいつもどんな時でも絶対に反応してくれているし、振り返ったら必ず顔を上げてくれていた。

「じゃあ、お掃除のお手伝いをして下さい。この高さより下ね。私が上をやるから」

「はい」

 私の可愛い侍女様は小柄だから高いところは届かない――というかそもそもこの空間は天井を高く設定しているので、ケイトラントすら一番上は届かない。加えて、カンナはワンピース姿なので脚立に乗せるのは良くない。よって下の方だけを担当してもらうことにした。

 上を担当する私は、風魔法で浮きます。移動しつつ磨くこの作業、飛べる私にとってはむしろ脚立が邪魔だった。

 偶にカンナをちらりと見てみる。カンナはすぐに気付いてこっちを見てくれた。ふむ。満足。

「……こいつの侍女ほど大変な仕事は、この世にないだろうよ」

「異議あり!」

 そんなこと無いと思います。もっとひどいところは沢山ある。でも私の傍が大変である点は否定しない。多分それは正しい。

「アキラ様はこの通り、仕事をあまり与えて下さいませんので……他と比べればずっと穏やかな職場と存じます」

 手を動かしながら答えたにも拘わらず、カンナの声はいつも通り抑揚のない穏やかなものだった。すごいな。私は磨きながら喋ると声が震えます。どうやったの?

 思考の逸れた私に構わず、ケイトラントが、ふん、と小さく息を吐く。

「いい侍女をもらったな」

「それは本当にそう」

 この子じゃなかったら割と早い段階で退職願を出されている気がする。これからも大事にします。

 さておき、今日も作業は順調に進み、明日には工事が完了できるだろうという見込みになった。

「今日も働いたねぇ! みんなもお疲れ様。ルフィナの肩が痛そうなのでついでに全員回復します」

「えっ、うわっ」

 ルフィナ達からの返事も聞かず問答無用で回復魔法を掛けた。特にルフィナは目を白黒させて、痛そうだった肩を回している。もう大丈夫そう。

「こ、こんな……甘やかさないで下さい!」

「あはは。それは聞けない相談だなぁ。帰るよ~」

 文句を封じ込めるようにして、転移した。なお、スラン村に到着後には「咄嗟に失礼しました、ありがとうございます……」と頭を下げられた。いいんだよ~。

「普段からこんなことはしないよ。私のお願いした仕事で頑張ってくれたから。明日もお願いね、無理のない範囲で」

「はい。気を付けながら頑張ります」

 ルフィナの横で、ヘイディも一緒に頭を下げている。少なからず身体に無理をさせた自覚が、姉妹共にあったらしい。

 このスラン村で、必要のない人材は居ない。優秀な人が揃っているというのもあるが、そもそも、人員が少ないからだ。誰もが、色んな役割を兼任しつつ、自分の出来る仕事を賢明にこなしている。

 当然、一時的な不調ならばみんなで補い合える。だけど大きな怪我で長期離脱となったら周囲の負担が大変だ。

 私の庇護下でそんなことは絶対にさせません。

 でもカンナから報告を受けた女の子達には過保護だなぁって顔で苦笑されました。心外。

「アキラ、今夜も添い寝は必要?」

 お風呂から出てきたら、ナディアに聞かれた。昨日みたいにヘトヘトじゃないけど先にお風呂に入らせてもらった。みんなは夕飯準備の為にキッチンでわちゃわちゃしている。女の子達が一箇所にきゅって集まっているのは可愛いね。

「わーい」

 それはそれとして、添い寝について。お願いしますとかじゃなくて喜びの声で応えたら、ナディアは呆れた顔になって溜息を一つ。それすらも可愛くて目尻を緩めたところで、死角に居たリコットに突撃された。腰が折れるかと思った。

「ナディ姉ばっかりずる~い。今夜は私じゃダメ?」

「私は誰でも嬉しいよ~、ナディが良ければ」

「良いに決まってるでしょう。好きになさい」

 迷わずそう言われるのはやや寂しいですが。ぐりぐりと額を擦りつけてくるリコットが可愛くってしょんぼり出来ない。ぎゅっと抱き締めて頬やこめかみにキスを落としていたら、キッチンから出ようとしていたナディアに「邪魔」と言われました。しょんぼり。でも大人しく解放した。また後でベッドで存分に抱き締められるからね。我慢します。

 キッチンからも追い出されてしまった私は、一人寂しくダイニングをうろちょろする。座れと言われたが、意味も無く部屋の中を周回していた。

「あ、そうだ。みんなにはまだまだ必要ないと思うけど、門と扉の鍵、此処に置いとくね」

 玄関前の近くを通ったところでふと思い出したので。扉横にある棚の上に、全員分の鍵をまとめて置いた。

「人数分あるの?」

「うん、共用でも構わないものだけど、念の為ね~」

 外に出ちゃってからはぐれたら、自分一人でも戻れる手段がある方がいい。まあこれは、私達がしっかり此処に移住して、且つ、昇降機とトンネルが完成してからの話だけどね。

「明日は、下りる方も開通させちゃおうっかな」

 昇降機用の縦穴を、掘るだけ掘っておくというのもアリである。今日の後半もそうだけど、私じゃなくてもいい作業になってきたし。様子は偶に見に行くとしても、私は自分だけにしか出来ない作業をする方がいいのでは、という考えだ。

「いや、誰でも出来そうな雑用があるなら私も連れてってよ」

「え?」

 リコットが零した言葉に、私は目を丸めた。雑用とは言っても全てが肉体労働だ。身体能力はそこそこ高いリコットだけど、身体が細いので肉体労働はあまりに気が引ける……。戸惑って見つめ返すだけの私をどう思ったか、彼女は肩を竦めた。

「別に、昨日と今日が退屈だったとかじゃないけどさー、私らだけのんびりしてるのは、ちょっとなぁ」

 なるほど。肉体労働がしたいと言うよりは、落ち着かないから手伝いたい、という気持ちに近いのかな。スラン村側は誰も気にしていないだろうに。

「コーティング剤を使うなら、私とリコットの風生成で空気の循環くらいは手伝えそう」

「確かに?」

 そっか、私が不在になると空気循環が出来なくなる。致命的な問題とまではいかないが、時間を置いたり、同時に塗る人数を減らしたりする必要が出てくるから少々不便だ。その為だけでも、うちの優秀な風の魔法使い二人を配置するのもアリだなぁ。

「分かった。カンナ、ルフィナとヘイディに相談してきて」

「畏まりました。アキラ様と私は、掘削の為、概ね別の場所に居るということで宜しいでしょうか」

「うん」

 了承を告げるようにカンナは軽く頭を下げ、即座に屋敷を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る