第769話

 そんなこんなで朝食を終え、お茶までしっかり頂いた後で。カンナを連れながらルフィナの所へ向かった。出迎えてくれた大工姉妹は、昨日と変わらない元気そうな笑顔を見せてくれる。

「おはようございます! 昨日はゆっくりお休みできましたか?」

「うん、ぐっすり。ごめんね早々と下がっちゃって」

「とんでもございません」

 爽やかに首を振っている。工事に不慣れな私がさっさと体力切れを起こすのは、彼女らにとってはそもそも想定されていたことなのかもしれない。平均よりずっと体力があるつもりだったんだけど、スラン村の人達にはちっとも敵わないな。

「あとこれ、仕上げを依頼したい扉」

 それぞれ布を巻いた状態で渡したら、ルフィナとヘイディが手早くそれを開いて中を確認した。

「手直しは必要なさそうですね、素晴らしいです。仕上げの指示をして参りますので、少々お待ち下さい」

「はーい」

 さらっと褒めてくれて気分がいい。ニコニコしている隙に、二人は二枚の扉を息ぴったりで持ち上げて、隣の倉庫に持って行った。二枚まとめて持つと重いのに。大きなものを運び慣れている。

 倉庫内には既に作業者が待機しているらしい。ルフィナだけがとんぼ返りしてきて、そう教えてくれた。今はヘイディが細かな指示をしているとのこと。

「アキラ様、度々で申し訳ないのですが――此方の箱二つを、麓まで運んで頂いても宜しいでしょうか」

「了解。一緒に持って行こう」

 工具など色々と入った木箱が二つ。あ、お弁当もあるね。ちゃんと準備してて偉い。収納空間へ回収。

 間もなくして指示を終えたヘイディが戻ってくるのに合わせて、ロマもやってきた。彼女も倉庫に居たみたいだ。

「みんなもう行けるの? ゆっくりで構わないよ?」

「私達はいつでも行けます! アキラ様は問題ありませんか?」

「うん、私も大丈夫。じゃあ行こうか」

 ルフィナ、ヘイディ、ロマの三人が頷いたのを見て、私は隣のカンナを引き寄せて転移する。

「……ん、ごめん。癖だ」

「いえ」

 転移してすぐ、カンナを見下ろして謝罪した。引き寄せなくていいんだった。手癖の悪さたるや。カンナも明らかに戸惑って目を瞬いていた。昨日私が引き寄せなかったことから、賢い彼女はおそらく『スラン村の人達の前では無為に引き寄せない』という私の意図も汲み取っていたんだろう。それを翌日に覆したら驚くよな。

 とにかくすぐに解放した。ごめんね。

「うーん。装飾柱をやるかぁ」

 昨日の夕方はもうすっかり疲れていたのと、時間的に、装飾柱に着手すると半端なところでタイムオーバーになると思ったから鍵の作業をしたけれど。鍵は隙間時間に作業しやすいものだし、まとまった時間があって一番元気な今は、装飾柱に取り掛かるべきだと思う。

 そう判断して、私は早速、柱を二本立てた。

「アキラ様」

「あ、はい。ありがとう」

 横からカンナがすっとタオルを差し出してくれる。そうですね、これから汗でバシャバシャのビショビショになります。しっかりと首に掛ける。後ろ側はカンナがちょっと整えてくれた。

「では今日もがんばります!」

 気合いを入れて脚立に乗る。いつも通りの冷静さでカンナが「はい」と応えてくれて嬉しい。

 作業を進めながら、昨日作った柱の方が大変だったな、と思った。

 今回の分は門の奥に配置する為、細かい模様はそもそも意味が無いのだ。だから模様は比較的シンプルで、且つ、陰影が見えやすいように深めのデザイン。扉もそうだったね。だから余計に彫り易かった。

 結果、一時間ほどでもう、全体の大まかな形を作り終えることが出来た。

 大きく息を吐く。汗も昨日よりマシかも。流れる程度には出ているけどね。タオルで拭うと、足元のカンナが微かに動いた。

「休憩なさいますか?」

「うん、そうだね。一回休もうかな」

 脚立を下りるとまた、カンナが汗を丁寧に拭ってくれた。自分で拭くよりすっきりした気持ちになる。多分プラシーボ効果。

「ルフィナ達はどうしてる?」

「昨日と特に変わりないようです。皆様、何度か出入りをされており、顔色の悪さは見受けられません」

「うむ。ならばよし」

 自分のことを棚に上げて深く頷く。カンナにはそれが可笑しかったらしくて、少しだけ俯いて間を置いた。どんな仕草も君は可愛いね。

 それに、私が何を気にして「どうしてる」と聞いたのかも理解してくれていて嬉しい。そう、彼女らの体調や疲れを気にしていた。一緒に作業しているのに、私より遅くに眠って早くに起きて元気なことが未だ納得できていないせい。

 さておき、淹れてくれたお茶は昨日とはまた違う香りがした。日々、飽きないように工夫を凝らしてくれている。心遣いに幸せになりながら、お茶請けとして出してくれたクッキーを頬張った。疲れた身体に甘さが染みる。

「ん? あ、モニカに呼ばれた。ケイトラントがお目覚めだ。早起きだなぁ」

 まだ午前中なんですが。朝方まで門番をしていたはずなのに。とか私が言っても二度寝はしてくれないだろうな。何も言うまい。

「お茶を飲み終えたら迎えに行ってく、……いや、行こう」

「はい」

 自分だけで行こうかと思ったが、カンナを連れ回すのが好きなので連れて行こう。私が途中で言葉を変えたことも気付いているだろうが、カンナは淡々と頷き、戸惑った顔を見せない。

 十分ほど掛けてのんびりとお茶を堪能した後、「ケイトラントを連れてくる~」とルフィナ達に告げて、一度、スラン村へと戻った。

「ケイトラント、おはよ~」

「ああ、おはよう」

 ちらっとカンナに視線を向けたケイトラントは、苦笑しながら挨拶してくれた。

 お迎えだけでも連れてくるんだなぁって顔だったね。突っ込まないでくれて幸い。まあ、「うん」以外の返答もないが。他には特に用事も無かったので、すぐに麓へ戻った。

「扉は明日の仕上がりだそうだ。乾燥の時間が必要だからと」

「うん、分かった。伝言ありがとう」

 そりゃそうだよね。色を付ける塗装と、仕上げの塗装がそれぞれ必要だ。どちらも充分に乾かす必要があるので、時間が掛かるのは仕方ない。私が作業する場合は塗料だけを指定して乾燥魔法が掛けられるから少し短縮できるけど、急ぎじゃないから手を出さなくていいだろう。そもそも私の手を空ける為の作業依頼だからね。

 ちなみにインクや塗料に関しては、上手に掛ければ多少の乾燥でひび割れたりはしないのでざっくりで大丈夫。勿論、塗料の成分にも依存するけど、普段私が使うものは少なくとも大丈夫だった。彫刻板のインクとか、装飾柱の仕上げ剤とかね。

 さて。送迎タクシー役は終わったので、私も作業を再開しましょう。出来ればお昼ご飯前に、装飾柱を仕上げてしまいたいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る