第768話

 翌朝。ぱちりと気持ちの良い目覚めを得た。しかし明らかにいつもより早い時間だった。きっと昨夜早くに眠ったせいだろう。

 少し身じろぐと、ナディアがすごく嫌そうな声で「ううん」と言った。ごめん。猫耳がぴるぴるしてる。やだって。

 可愛い子が愚図っているので、もう少し寝るか。ついでに、頬に当たるこの柔らかさも堪能しよう。あくまでも『ついで』ね。実に贅沢な朝だ。

 そうして起床後もしばらくは幸せに微睡んでいた私だが。

 流石にルーイがもぞもぞし始める時間になると。起きなければと感じる。今日は一番に起きたかったので。

「ナディ」

「んん……」

「ごめんね。先に起きるね」

 本当は、一緒に寝てくれている子を置いてベッドを抜け出すことは気が引ける。でも昨日は沢山お世話になったから、どうしても朝ごはんを私が作ってあげたい。

 ゆっくり起き上がったら、ナディアは私を腕から解放して、身体を少し丸めた。寒くならないように、しっかりと布団を掛け直してあげる。どさくさに紛れて可愛い猫耳をひと撫でしてから、ようやくベッドを抜け出した。

「ミニハンバーグ作ろっと! お弁当にも詰めちゃおう」

 昨日みんなに大量に作らせてしまった私のお昼ご飯も、今日は自分で作りましょう。

 挽肉のストックが無いので、肉塊を挽くところから。

 お肉をちょっと凍らせた状態で挽くと綺麗なものが作れるって、実家の家政婦である久美子さんが言ってた。お陰でこっちの世界でもいつでも美しい挽肉が使えている。ありがとう久美子さん。

 この屋敷のキッチンを利用するのはこれが初めてだったが、うん、使いやすいね。流石は自分の設計。

 小さいハンバーグ、ハムと野菜のサンドイッチ、サラダと、ポタージュスープ。

 うーん。女の子達は充分だろうが、自分の胃袋の為に更にポテトサラダとスクランブルエッグを追加。朝ごはんはこれでいいか。

 お弁当用にはナポリタンと大きめのハンバーグ。ソーセージ。蒸し野菜。小さめのトマトをそのままぎゅっと詰めておこう。サンドイッチも少し包んでおいて、あとは果物をおやつに持って行けば充分かな?

「わぁ、もう沢山作ってる」

「おはようルーイ。うん、自分のお昼の分もね」

 朝にしては大量すぎる料理に納得した様子でルーイが頷いて、洗面所に向かって行った。

 実は寝室の方にも小さな手洗い場がある。ただ、今回は使用禁止にしていた。

 ベッドを六つも入れていて部屋が手狭であるせいだ。ベッドから手洗い場が近すぎて、ちょっと失敗すると近くのベッドに水飛沫が飛んじゃう。とはいえ個別に洗面所があるからって不便にはなるわけでもなく。使用禁止と言っても誰も何も言わなかった。

 さておき。次に起きてきたカンナには、彼女用のお弁当の容量を尋ねた。私と同じ量でないことは確かだから。

「これくらい?」

「そんなには……」

 カンナは身体も小さいから、女の子達の中でもうんと少食だなぁ。ちょっとずつ減らして、食べられる量を聞く。OKを貰えるまで四回確認した。

「――みんなは自分でお昼、お願いね。ごめんね」

 全員が起きてきた頃、朝食を囲みながら伝える。みんなの分のお弁当を作っても良かったんだけど、村に残るみんなが冷めたごはんを食べる必要もない。作るのは多少手間でも、やっぱり温かいご飯を食べた方がいいんじゃないかなと思いました。

 つらつらと述べれば、みんなは苦笑していた。

「昨日は、がんばって働いてるアキラちゃんにお弁当を作ってあげたいって気持ちがあったから作ったんだよ。私達が逆に作られちゃったら困るよ」

 ラターシャが言う。ふむ。愛を感じる。と言ったら否定されそう。応援を感じる。何にせよ私が温かな気持ちになったのは間違いない。

「うん、昨日のお弁当は幸せでした! 本当にありがとね」

 ちなみにルフィナ達の分も、私の方では作っていない。作ったら恐縮しちゃうだろうから。

 そう話せば女の子達は「妥当」「正しい」と言った。正解を貰ってるはずなのに、何か、こう、嬉しくないな……。当たり前という空気だったせいかな……。しょんぼりする私を見て、ナディアが一つ息を吐く。

「昨日の内に、その件も伝えられていたのよ」

「その件? お弁当?」

「ええ」

 私がダイニングでやや居眠っていた昨夜のことだそうだ。

 予定を伝えに行った時ついでに、私とカンナの分のお弁当は女の子達が用意すると伝えたらしい。すると了承の言葉と共に、ルフィナ達の分は村の方で用意するから不要だって返されたと言う。既に私の知らぬところで密約が交わされていた。

「つまり昨日、ちゃんと伝言できたんだね。どうなった?」

「ああ、報告するの忘れてたね」

 昨日はすっかり私が眠っていたからな。結果を聞く暇もなかった。

「アキラちゃんの朝食後、落ち着いたら声を掛けてほしいって。ルフィナさん達はもうちょっと早起きみたいで」

「嘘でしょ。働き者すぎる」

 昨夜は絶対、私の方が先に寝たはずだが。

 いつも村のみんなは七時頃には朝食を終えちゃうらしい。私達の朝食がいつも八時だから、間違いなくこっちの動きの方が遅いってわけ。

「それからケイトラントさんはお昼前まで寝るから、起きたらモニカさんから連絡してくれるみたい」

「了解です」

 やっぱり昨夜も門番したんだ。みんな元気だなぁ。もっと沢山休んでほしいなぁ。

「扉の件も、私から既に伝えております。此方に残る方々で作業可能とのことでしたので、後程、ルフィナさん達に預ければ手配して下さるかと」

「ありがとう! みんな漏れがなくて優秀だなぁ。私はすぐに忘れるねぇ……」

 扉のことも頼んでいたって、カンナから言われてようやく思い出したからね。昨夜お願いした時点で思い出したはずだったのになぁ。おかしいなぁ。

「元々アキラちゃんの仕事が多い気がするけど」

「絶対にそれ」

 リコットとルーイが息ぴったりにそう言った。うーん、一理ある。

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