第767話

 食後。たらふく食べた私はカンナのお茶でのんびりしていた。いつの間にかナディアとリコットとカンナが消えていた。伝言に行ったらしい。モニカやケイトラントにも伝えるべく、手分けするのかもしれないな。みんなは私の目の前で相談したのだろうが、記憶にない。お茶を飲みながらも頭はすっかり寝ていたようだ。

「アキラちゃん、眠かったらもうベッドに入ってね」

 お茶を飲み終えた私がもう目さえも閉じているのを見止め、ルーイが言った。

「ナディが……」

 今夜は一緒に寝る約束だ。そう訴える私に、ルーイはくすくすと笑う。

「うん、お姉ちゃんには私から言っておくよ」

「いやだ一緒に寝たい……」

「あはは!」

 キッチンでまだ片付けをしていたラターシャが堪らない様子で笑い声を上げた。ちょっとビックリして目を瞬く。

「ごめん。ふふ、思わず」

 私を起こしてしまったことを謝罪するも、まだ肩を震わせている。私の横、ルーイもテーブルに突っ伏して震えていた。そんなに面白かったかな。切実な願いを呟いただけなのに。

 そこへ、見計らったみたいにお出掛けしていた三人が戻った。

「ただいま~……何、どしたの?」

 笑い崩れている子供達に、リコットが困惑の声。隣の二人も目を瞬いている。ちなみに私も同じような顔をしている。何故こんなに子供達に笑われているのかまるで分からない。

「さっき、アキラちゃんが、っふふ」

 ラターシャが説明しようとしたようだったが、笑い過ぎて喋れなくなってしまった。代わりに、同じだけ笑っているものの、ルーイは上手に言葉を紡いで説明した。リコットは話を聞くなり大きな声で笑い、その傍らでナディアは困った顔をして口を引き締めている。

 一拍後、ナディアが長い溜息を一つ。

「先に寝なさい。後からあなたのベッドに入るから」

「起こしてくれる?」

「……起こしはしないわよ」

 しょんぼり。折角一緒に寝るのに。気付かないのは悲しい。納得していない私はまだテーブルから動かなかった。見兼ねたのか、カンナが傍に寄ってくる。

「朝はきっとアキラ様の方が早いでしょうから。今はご無理をせず、お休みください」

「むう」

 確かにいつも起きるのは私が早い。夜の内に気付けなくても、朝に目覚めれば寄り添ってくれているナディアが居る。それで満足……できるだろうか。むう。

「満足できなかったら明日も寝てもらったらいいじゃん」

「ちょっとリコット」

 未だ動かない私から思考を読み取ったかのようにリコットも言葉を挟んだ。ナディアは何処か不満そうに小さく唸る。

「そもそも添い寝をしたらいつもすぐ寝るでしょう……まあいいわ。じゃあ、寝る時一度、声を掛けるから。すぐに起きなかったらそれ以上は起こさない。起きられなかったら、明日も一緒に寝る。それでいい?」

 最終的にはリコットの案を飲んでくれたみたいだ。優しい。うんうんと頷いたら、返ったのは溜息。だけど「早く寝てきなさい」と続けたナディアは私の頭を撫でてくれた。嬉しかった。

 歯磨きなどを済ませ、カンナに付き添われてベッドに入った。魔力の揺らぎ防止のアンクレットも忘れずに着けました。完璧な寝支度。

 カンナがベッドを離れるより早く眠り落ちてしまったので、彼女がすぐに離れて出て行ったのか、私が眠るまで傍に居てくれたのかもよく分からない。いや、どっちも一緒か。すぐに寝たんだからな。

 女の子達は、私が提案した通りお風呂には一緒に入ったんだと思う。だからいつもよりお風呂の時間も短縮されたらしくて、順番的にはいつも最後であるナディアがかなり早くにベッドに来てくれた。しかも子供達より早かった。多分私がさっき愚図ったから、早めに来てくれたんだと思う。

「アキラ」

 囁くような声で呼ばれた。私は少しだけ身じろいだ。ナディアが小さく笑うように、吐息を零す。

「そんなに端に寄らなくても入れるのに」

 またナディアが呟く。後からナディアが入ってくるからと、一人分のスペースを空けて寝ていたが。空け過ぎだったらしい。むにゃむにゃと唸っている間に、ナディアが入ってきた。体温を察知してにじり寄る。すぐに彼女の身体を捕まえた。

「ちょっと。こら」

 準備の整わない内に抱き込んだせいか、変なところにナディアの身体が収まった。腕の中で居心地悪そうにもぞもぞと動いている。抱っこを嫌がる猫ちゃんみたいだ。可愛い。

 彼女がようやく身体を落ち着けたところで、今度は私がぐりぐりと居心地のいい場所を作るべく擦り寄る。くすぐったかったようで、ナディアが再び「ちょっと」と文句を言った。

「ナディ」

「なに」

「だいすき」

「……知ってるわ」

 寝室の入り口の方で、リコットがからからと笑う声が聞こえた。他の女の子達が部屋に入ってくる気配がする。みんなももう寝支度を済ませて、部屋に来たみたい。

「早く寝なさい」

「んん」

 デコルテに擦り寄ってみたり、首の辺りに擦り寄ってみたりと落ち着かない私を抑えるように、ナディアの腕が後頭部に回った。引き寄せられるのに任せたら、柔らかい感触が頬に当たる。うん、此処がいいかも。力が抜けたのを敏感に感じ取ったナディアは、ぽんぽんと後頭部を叩いて私をあやす。多分早く寝てほしいだけ。

「ナディ」

「……なによ」

 何度も呼ぶものだから、いよいよ呆れられている。でもどうしても、あと一言だけ伝えたかった。

「ありがとう」

 頼りない声で何とか伝えると、後頭部を撫でていた手が止まった。驚いたのか、呆れたのかは分からない。

「もう寝なさい」

 彼女は先の言葉には応えないまま、そう言って私を少し強く抱き込んだ。額の生え際辺りに、ナディアの唇が触れた気がする。

 むにゃ。返事しようとしたんだけど。力が出なくて、そのまま眠り落ちた。

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