第766話

 しかし浴室の説明はまだ続きます。

「洗い場はこっちで、これも、お湯が出ます」

 日本の銭湯でよくある、押したら桶一杯分だけ出てくるシステム。洗い場の方に二つの蛇口と、それぞれに鉱石。

 女の子達が全員で入れるように、沢山の蛇口を作っても良かったんだけど。そうすると流石にスペースがぎちぎちになっちゃうので断念。洗い場は二人ずつで使ってね。

 温度はお湯張りの設定と連動している為、溜めながらだと別の温度で出せない。違う温度にしたければ溜めた後にその都度で変える形になる。私一人が使うなら同じ温度でいいからこの仕組みだけど、複数人が使うなら好みが異なって、ちょっと手間かも。

 でもカンナは、統一されている方が分かりやすいと言ってくれた。ありがとう。

 此処でようやく説明は終わりだ。

 カンナもそれを察したのか、私が言葉を止めたと同時に私の服を脱がしにかかる。確かにもうこの場で脱いで入っちゃう方が楽だな。大人しく服を脱いだ。

「寒くはありませんか?」

「うん、平気」

 髪を丁寧に洗いながら、カンナが問い掛けてくる。浴槽に溜めているお湯からの湯気で空間が温かくて、全く寒さはない。むしろ着衣のままで此処にいるカンナには暑いのではないだろうか。

「不思議な感覚ですね、空が見えるのに、室温ですので」

「ははは、そうかも」

 今はすっかり夕焼け空。日が暮れてしまったら外はぐっと寒くなるだろう。だけど此処は私の結界が守っているから、冷たい風が吹きつけてくることも無い。他の部屋と同じ気温だ。

 けど視覚的に、空がよく見えるこの場所で裸になっている私が、カンナは心配になるのだそう。面白いね。まあその内、慣れてくれるはず。

 髪の後は身体も丁寧に洗ってもらって、滑って転ばないことを見張られながら、湯船へ。一応、下りる場所は階段もあるし手摺もある。安全設計。私の為って言うか、女の子達が安全に出入りできるように――というつもりだったが。結局のところ一番助かるのは私かもな。疲れ果ててるのはいつも私だし。

「あぁ~~~、きもちい」

 身体を湯に沈めるなり、おっさんのような声が出た。最高ですね。はあ、これが欲しかったんだ。この露天風呂、至福だ。

 本当ならこんなに疲れ果てた状態じゃなくて元気な時に堪能したかったけれど。これからはいつでも堪能できるから、まあいいか。茜色の空がゆっくりと藍色に変わっていく。いい眺め。

「……ありゃ。アキラちゃんがぐんにゃりしてる」

 空を見上げたままボーッとしていたら、リコットがひょいと覗き込んできた。いつの間にか入って来ていたらしい。

「二人とも、夕食の用意できたよ」

 お知らせに来てくれたのか。私はやや斜めに崩れていた上体を起こした。っていうかカンナ、私がぐんにゃりしている間もずっと傍に居てくれたらしい。ぼーっとしていて気付いていなかった。上せたり居眠って溺れたりしないよう、見張られていたのかな。

「ありがと~上がります」

「ゆっくりでいいよ」

 宥めるように言ってくれた理由もよく考えず頷き、立ち上がる。

 後から思えば、のんびり浸かって休んでいても良いって意味や、慌てて立ち上がったら怪我するかもしれなくて、身体にも負担があるかもしれないって心配だったのだろう。察せず申し訳ない。何も気にせず立ち上がってお風呂から上がった。

 そんな私の様子を、カンナがじっと見守っていたのも同じ理由なんだろうな。

 さておき、無事に上がった私の髪は、カンナに乾かしてもらった。風は自分で出したものの、櫛とタオルで丁寧に整えながら乾かしてくれる。乾いた後は、軽く後ろでまとめてもらった。まだもう少し起きているので下ろしません。

「ごはんありがと~キッチン、特に不便は無かった?」

「特には。今のアパートと使い方は大体同じだったからねー。あ、薪は村の人に分けてもらった」

「あー」

 そうだ。薪置き場にまだ薪を置いていなかった。村のみんな、フォローありがとう。明日以降の分は私が出しておこう。思い付いた内にと、内側と外側の薪置き場に食べながらゴトゴト出していたら、音に反応した女の子達が私と薪置き場の方向を見比べた。

「えっ、今出してる?」

「ん」

「いいからごはん食べて!」

「もうちょっと」

 あと少し出せば十分な数になると思うから。ゴトゴト。音がする度にみんなは「も~~~」と言いながらあっちを見たりこっちを見たり。私の気が済んで「おしまい」と言う頃には複雑な顔でみんなが項垂れていた。

「それから、お風呂は魔道具だから、後でカンナに使い方を聞いてね。みんなの屋敷も同じ仕組みなんだ」

「ん、分かった。今の内に慣れられたらいいね」

 急に話題を変えたことに他意は無かった。私は多分もう寝惚けている。それを察したのか、相槌してくれたリコットもその点を追及しなかった。呆れた顔はしていたような気もするけど。

 しかし当然そんなこともまるで気付かず、私は食事を進めていた。自分の料理を人に食べてもらうのはいつだって幸せだけど、こうしてみんなが作ってくれるのも本当に幸せ。大食漢の私の食事を用意するのは大変だろうに、それでも作ってくれる気持ちが嬉しい。

「……熱は無さそう?」

「ないねー」

「ございません」

 口にいっぱい放り込んでいる私の横でみんなは主語を抜いて私の話をしている。

 続いてカンナは、麓での私の作業などを淡々と報告し始めた。これも報告会になるんだなぁ。

「扉のこと、相談するの、忘れてた」

 報告会の中盤で思い出してぽつり。カンナが目を瞬き、何のことかをみんなにも説明した。

「ルフィナ達がまだ食堂に居るかもしれません。伝言して参ります」

「ん、あー、いや、ご飯の後でいいよ、カンナ」

「……承知しました」

 立ち上がろうとしていたカンナを呼び止める。もし擦れ違っちゃったとしても、明日の朝に伝えればいい。そこまで急ぐことでもないから、カンナも夕食が優先だ。

「そういえばケイトラントは、今日の門番をどうするんだろう。不眠でやるのかな」

「アキラちゃん、色々心配なのは分かったけど、ご飯に集中してね」

「んん」

 ラターシャに言われちゃったら仕方ないな。

 明日はいつも通りに起きて、朝食を取り、それからみんなの予定を聞いて、ルフィナ達の指示に従って麓に行くことにしよう。私の残り作業の多くは、麓に行かなくてもできるのでね。鍵とか。

 そしてケイトラントがもし今夜も門番をするなら、ちゃんと昼までお休みしてもらって、必要なら私が午後に迎えに来る。

 ということをみんなに共有して、後でルフィナ達に伝言してもらうことになった。ちなみにもうナディア達もルフィナとヘイディのお家は把握しているとのこと。ではお任せします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る