第765話

 術を籠めた魔法石を錠前の内部に放り込み、仮で組み立てる。最終的には門に設置するので、これは動作確認をする為だけの組み立てだ。また後で分解する予定。

 次に、各錠前に対し、鍵を一本ずつ鋳造した。鍵内部にも小さな魔法石を入れて、魔法のキーを同一にする。これで解錠できるはず。

「カンナ。此処に鍵を挿し込んでみて」

 急にお試し係を命じられたカンナは目を瞬きながら、鍵を受け取った。

「挿し込むだけでしょうか?」

「うん、そう。一番奥まで」

 普通の鍵と違って回す必要なし。入れるだけ。向きも何も関係ない。

 私の説明に頷くと、少し戸惑いを残しつつカンナは鍵を鍵穴に挿す。中央の鉱石が光り、鍵が開いた。

「オッケー、問題なく動いたね。カンナ、扱いにくいとかあった?」

「いえ、問題ありません。私共のよく知る鍵とは形状や扱いが違う為、戸惑いはございましたが……今のように一度使ってしまえば困ることは無いかと」

「よかった!」

 鍵穴の方を少し大きめにとってあることと、挿し込み口を少しだけ漏斗ろうと状にしているので多少ずれても入れやすくはしてある。カンナも手間取らなかったみたいだし、多分みんなも大丈夫だよね。

「なら、これで量産していくか。もう一式も動作だけ見ておいてくれる?」

「畏まりました」

 扉側の錠前と鍵もちゃんと開くか、カンナに確認を託して自分は鍵の量産に移ります。カンナからは十秒くらいで問題ないことの報告が上がった。

 しかし、鍵への魔法付与は一本ずつやらなきゃいけないから、鋳造よりも手間だったりする。

「もう疲れたかも……」

「疲れを感じているなら、無理をすべきではありません。今日は此処まででお止め下さい」

「はい……」

 まだ八本しか作ってないのに、目がしょぼしょぼしてきた。一日働き詰めだったこともあるかもしれないな。ぐしぐしと目を擦っていたら、カンナに温かい上着を掛けられた。余計に眠い。

「間もなく日暮れです。奥の方々にも、伝言して参りますね」

「うん。あ、入口から声掛けてあげてね。何か足元、工事中らしいし」

「はい」

 カンナが忘れるわけないか。心得ていると言わんばかりに頷いていた。私はカンナに着せられた上着の温もりで、ちょっと、ウトウト……。

「――大丈夫か? 運んでやろうか」

 するとケイトラントに苦笑気味にそう言われた。はっ。ウトウトどころか、しっかり寝てた。

「大丈夫だよ~、眠くなっちゃった……」

「ガキみたいだなお前は……こっちも切り上げた。いつでも戻れるぞ」

「はーい」

 立ち上がったら、テーブルの上ももうすっかりみんなが片付けてくれていた。素早い。明日も来るから一旦、テーブルや道具はこのまま放置でいいかな。貴重なものは特に無いし、そもそも誰も入って来ないだろう。

「帰るよ~」

 呑気な掛け声で、転移した。

 転移がまだ二度目であるルフィナとロマだが、今度は緊張感もほとんど無く受け入れ、転移後に「おおー」と再び感動していた。すっかり楽しそう。全く怖がらないところが面白いや。明日以降も転移が必要であることを思えば、安心なことだ。

 スラン村の正門付近に飛んだ為、食堂近くに居たリコットが気付いて手を振ってくれる。すぐに此方に駆け寄ってきた。でも他の女の子達の姿は無い。私の屋敷の中に居るのかな。

「おかえりなさ~い、あれ、アキラちゃん、へろへろ?」

「半分もう寝ている状態だ。早く休ませてやった方がいいだろう」

 私が応じるより遥かに速く、ケイトラントが答えた。異議あり。

「まだ大丈夫……」

「いや全然。声が寝てるもん」

 頑張って反論したのにリコットは声を上げて笑った。他のみんなも笑っている。

「まだナディ姉達が夕食を作ってる途中だから、先にお風呂に入ったら?」

「入浴は私がお手伝いいたします」

「はい……」

 眠いと自覚したらどんどん眠くなってきた。みんなに宥められるようにして、自分の屋敷に向かう。

 屋敷に入れば、キッチンとダイニングにみんなが揃っていた。「アキラちゃんがへろへろです~」ってリコットが説明する。私を見て、みんなは苦笑していた。もうすっかり気が抜けてしまったのだ。改めて促されて、風呂場に向かう。

 ああ。そういえば、お風呂の使い方を説明しようと思っていたのに忘れていた。後でカンナから伝えてもらうか。

「カンナ、ちょっと、こっち」

「はい」

 脱衣所を通り越して、着の身着のまま、浴室にカンナを引き入れた。

「女の子達がみんなでこの露天風呂に入れるように、広く作ったんだけどさ」

 私を『除いた』みんながね。もう私と入ってくれないのは分かってるって言うか、ラターシャが居る以上は無い未来なので。別に泣いてない。

「単純に広いお風呂だと、私が一人で使う時にちょっとお湯が勿体ないから」

 お湯を溜める・抜く時間も余分に掛かるし、掃除も大変になる。よって、対策を講じた。

「此処の壁が上がるようになってるんだ。この鉱石に触れたら自動でせり上がるよ」

 上下の矢印のマークがついた鉱石に触れる。仕切りとなる壁がせり上がって、一人サイズの湯船が出来上がった。

「で、こっちがお湯の出る鉱石。水面が一定の高さになったら自動で止まるけど、もう一度押しても止まるから低めの水位にもできる」

 基準より高めの水位にはできないが、『一定』が割とたっぷりの位置なので別にいいだろう。

 私にとって馴染みの温泉マークが付いている鉱石に触れる。お湯が出る音がした。カンナを見上げる。理解を示して頷いているが、視線は他の鉱石に向いていた。余程興味を惹いたのか、説明するより先に、カンナが問いを口にする。

「此方にある五つの鉱石は、何に使用するのですか?」

「これは、温度の調整。あんまり細かい調整はできないけどね」

 五段階で調整が可能だ。横一列に並んでいる内、真ん中の鉱石が今は点滅していた。これは温め中の意味で、温めが終われば点灯状態となる。

 左側の鉱石に触れれば、温くなる。季節とか体調とか、好みの問題で選べるようにしておいた。

「一応、溜めた後も温度は変えられるよ」

「下げることも可能なのですね」

「うん」

 瞬時に冷水に変えようと思うと流石に魔力を沢山使うが、温いお湯に変えるくらいなら大丈夫。この村の魔道具の多くは、私の魔法石が入っているからね。多少の無茶は通せるのだ。

「壁がせり上がる機能以外は、みんなのお風呂もこの魔道具だから。後で説明しておいてもらえる?」

「畏まりました。この仕組みでしたら、ナディアも共に入れそうですね……あ、ええと。お湯を溜めた後に、壁を上げることもできますか?」

「うん、出来る。そうだね、尻尾問題があるもんね」

 ナディアだけ一緒に入れないのは可哀想だ。折角だからみんなでワイワイ入ってもらいたい。

 今回は、私が入った後に一度お湯を抜いて軽く水を流して、みんなが入る時に改めてお湯を張り直す形で、動作を説明をしておいてほしい。

 そう伝えたらまたカンナは恭しく「畏まりました」と頭を下げた。

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