第764話_設置
「入り口の装飾柱は、もう完成されたのですか?」
悪気の無いヘイディからの無垢な問いに、私は笑って肩を竦めた。
「まだ。これから微調整と全面の研磨、最後にコーティング」
いずれも細かい作業になる為、私としては『まだまだ』の印象だった。でもヘイディ達は「もう仕上げなのですね」「一日でそんなに」と驚いていた。ありがとう。褒めてくれたお陰でちょっと気が楽になったよ。
「転移魔法を隠すのであれば、転移先は扉の奥になりますよね?」
「そうだね」
きちんとした入口と街道を作ったのだから、オルソン伯爵は門の前辺りまで来るだろう。そうなると、格子状の門の奥は見えてしまうので……転移先は扉奥でなければならない。
「では、扉の向こう側もある程度は整え、突き当たりは布で隠してしまいましょうか」
「良い案だ。そうしよう」
布の奥が壁だとは誰も思うまい。まるでその奥からやってきたかのように、厚い二枚布を重ねる形にしよう。
つまり、扉の奥までしっかり壁を作らなきゃいけないんだよね。
「あんまり手を抜ける場所がなくて、ごめんねぇ」
「とんでもありません。本当であれば昇降機までの完成が必要になるのですから、十分に楽をさせて頂いていますよ」
それはそうかもしれないが。みんながやってくれている作業が大変そうで、私は心配です。
「ゆっくりやろうね。呼ばれるまでは、此処に居られるよ」
私が城に呼ばれてしまったら工事を中断して、諸々が片付いた時に改めて再開すればいいだけだ。
ルフィナ達は頷いてくれたものの、「アキラ様もご無理なさらないで下さい」と返してきた。お互い様だった。苦笑しながらも頷いておく。
少し休憩をした後、それぞれ持ち場に戻って作業を続けた。
装飾柱を付けるべき入口部分には、ちょっとした
よし、あとは設置だけだ。早く入口に取り付けてしまおう。空が赤くなると印象も変わっちゃうだろうから、今の内に――と意気込んで入口に立ったものの。
「ねえ~ルフィナ~、柱と
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
「姉さん、私が行くわ」
「お願い」
唐突な問いをしたせいで、姉妹を混乱させてしまった。数秒後、小走りでヘイディが出てきた。そこまで急がなくて大丈夫です。ごめんね。
「重めの接合剤を利用しようと思います。今から用意するので、すみません、少しお待ち頂けますか?」
「はい。ごめん」
違うモルタルらしい。ゆっくりで良いよと告げて、私はカンナと共にテーブルの方でのんびり待つことにした。
柱の土台となる部分は既に準備が出来ている為、後はモルタルを使って柱の上下をそれぞれ接合する。
手順など細かい部分はヘイディに任せよう。言われた通りにやります。
少しするとケイトラントも出てきて、モルタルを混ぜる部分を手伝っていた。そっか、モルタル自体が重たいから、混ぜるのは力仕事なんだ。
……ということを、わざわざ彼女が手伝いにきたという状況から察せたが。
ケイトラントがやるとまるで水を混ぜているかのよう。ヘイディが笑っているのはそのせいだと思う。
そんな力持ちな彼女のお陰か、すぐにモルタルの準備は終わった。そしてヘイディが手早く作業を指揮してくれたので設置もあっという間に完了。
「門の設置は、完全にモルタルが乾いてからが良いと思います」
「確かに。じゃあ明日にしようかな。いやーでも、これだけですごい達成感」
「私もです。特にこの装飾柱が素晴らしいですね」
「ずるいー! 私も早く見たいです!」
中からそんなルフィナの声と、ロマの笑い声が聞こえた。柱は逃げないから、後でゆっくり見なさいな。明日以降でもいい。
「アキラ様はもう休憩なさいますか?」
「いや、扉を作ろうと思ってる」
「承知いたしました。私はこれから入口付近の床に石材を敷きますので、中にいらっしゃるときは、踏まないように気を付けて下さい」
「はーい」
先程作った重たいモルタルを、床にも使うみたい。作った分を使い切ってしまおうということか。でもそれだと既に中に居るみんなはどうやって出てくるんだ? まあいいか。何か工夫をするんだろう。私は気にしないことにして、入口から少し離れた場所で、扉の制作に取り掛かる。
扉の方は格子状の門に比べれば飾り立てないデザインであるものの、少し凹凸をハッキリさせた作りになっている。だから普通の扉よりは分厚くなるんだけど……まあ、その方が重厚感があっていいよね。
さておき、作りましょう。
木材はこの世界に来てから散々工作に利用していて加工も削りも慣れたものです。
一時間で扉二枚が形になった。これも左右対称に同時制作。うん、左右対称の術の構成、色んなところで使えるね。いいね。
「残るは色付けとコーティングだけど……これ、スラン村の誰かに任せるのもありかも。ルフィナ達と相談してみようかな」
独り言のように呟くも、答えを求めてカンナを振り返る。彼女は一度だけ瞬きをして、すぐに応えてくれた。
「我々の屋敷を村の方達が作って下さったことを考えますと、丁寧に仕上げて下さるように思います」
「だよね」
私達の屋敷建設でもコーティング剤など様々な塗布作業はあったと思うが、それが出来るのもルフィナとヘイディだけじゃないと思う。家全体なんて二人だけじゃ流石に手が足らないでしょ。誰かに作業をお願いできないか、後で聞いてみよう。
何にせよ、また一つ仕事を終えた私は、ぐっと大きく伸びをした。
「大きな仕事は疲れちゃった……テーブルで、錠前と鍵を作ろっと」
「お茶をお淹れ致します」
「うん、お願い」
座り仕事なら、横にお茶があった方が捗る。置いてあるだけでいい香りもするし。
とにかく錠前と鍵だ。錠前は外装だけが作成済みで、術をまだ入れていない。鍵の方は
沢山作らなきゃいけないので、ざくざく作っていきましょう。
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