第763話_休憩
お湯だけ作って渡して、テーブルから数歩分離れた場所でストレッチ。カンナがお茶の用意をしてくれた頃に、ようやくテーブルに着いた。
ついでに果物とお菓子も持ってきてくれた。工事現場とは思えない、いつものティータイム。このタイミングでカンナにも休んでもらいたいので、一緒にお茶を飲んでもらう。
いや、私の相手をしている限り彼女には休憩にならないかも……大人しくしていよう。そう心に決めた私は、黙ってお茶を飲んでいたんだけど。
「やはり、同時に削るのは大変ですか?」
カンナから話し掛けられちゃった。いつもうるさい私が黙っているのは、逆に気を遣わせてしまっただろうか。
「いや、同時に削るって動作は、やっぱりそんなに難しくないよ」
一時間ずっとこの作業をしているけれど、魔力回路の負担は感じていない。だから私が大量に汗を流したのは魔法のせいではないと思う。
「みんなが一生懸命に考えてくれた、格好いいデザインだからさ。完璧に再現しなきゃって、気合いを入れちゃったね」
細かい部分を削る時には、呼吸すら止めて頑張っていた気がする。
「寒気はございませんか? 着替えの用意もございますが」
「あー、いやー、またこれから汚すだろうし、このままでいいよ」
汗に濡れた服は少しだけ気持ち悪いけど、作業を始めればどうせすぐに同じ状態になる。今の時点で着替えて、犠牲となる服が増えるのは可哀相だ。私の服を洗濯してるの、カンナだしな。
「……少しでも寒いと感じましたら、どうかご無理なさらないで下さい」
「あはは、分かった」
自分の仕事の増減なんかより、私の体調が心配なんだってさ。流石だなぁ。
今のところ、特に寒さは感じていない。この国は冬でも昼間はそこそこ暖かい。此処はさっきケイトラントが木々を取り除いてくれて木陰も無いから、日光に当たっているとぽかぽかして、むしろ上着を脱ぎたいくらいだ。でも本当に寒いって思ったら、ちゃんと申告しましょう。
「再開前に、ちょっと向こうの様子を見に行こうか」
私達がお茶をしている間、ルフィナ達の姿が一度も見えなかった。穴の奥が見える位置にテーブルを置いていないせいだが、つまり彼女達が出入口付近には来ていないということだ。奥の方で作業をしているのかな?
いそいそと洞穴に近付く。
出入口から三歩分くらいの壁はすっかり石造りになっていた。しかしその場所で途切れ、少し奥の方で灯りが見える。
「みんなちゃんと休憩取ってる~? お疲れ様~」
自分のことを棚に上げる言葉を吐きながら進む。きょとんとした顔が四つ、私を見つめた。
「先程少し休憩しました。中に居ましたが」
「そっか」
中に居たままで休憩したから、私の目に付かなかっただけか。
外での休憩も一時間半くらい前に見ているので過保護だったかもしれない。でも私と違ってみんなは力仕事だからさ。二十分や三十分に一度の休憩でも良いと思うんだよね。
「ところで、どうして奥の処理をしてるの?」
最初は出入り口付近の壁を天井まで作っていたのに、今は中腹辺りを積み上げている。途切れた場所から此処までの区間も下の三段だけは積まれて繋げられていたから、幅が合わなくならないようには工夫しているみたいだ。でもそうまでして中腹の作業に移った理由が私にはピンと来なかった。
「装飾柱との見栄えがすぐに確認できるように、その付近から着手しています」
「あー、なるほど」
そういうことね。装飾柱と門を設置する場所は床以外をもう作り上げてくれていて、今、ルフィナ達が作業をしている部分は装飾柱と扉が設置される部分。
設置する際に周辺も仕上がっていれば、その時点で完成系が見られる状態になるのだ。全面の壁が作られてしまってから「なんかイメージと違った」という事態を防ぐ意図になる。そこからでも作業戻りは大きいが、傷は浅いに越したことはない。
急遽始まった上に急ぎの工事だからこそ、気を配った作業手順なんだな。うーん、横暴な顧客に振り回されていても有能だねぇ。
さて。素人が邪魔しないよう、早めに退散します。怪我には気を付けてね~と呑気な言葉だけを残し、洞穴から出た。
日暮れまではまだまだある。今の進捗だと、門の装飾柱二本は完成させられそうだ。明るい内に、入り口部分は作ってしまえるかも。
「よし、続きやるぞー」
気合いを入れてひょいと脚立の上へと乗ったら、当たり前みたいにカンナが傍に立った。うむ。寄り添う気配が癒し。頑張ろう。
ちなみにこの後は首にタオルを掛けた状態でやりました。時々自分で汗を拭いた。カンナはその度にハラハラした様子で下から見つめていたが。大丈夫だよ、自分で拭けるよ。
それからまた一時間と少し。
「削り、こんな感じかな。あとは仕上げだー。ちょっと休憩。お茶~」
「すぐにご用意いたします」
口ではそう言うものの、カンナは脚立から降りた私の汗を丁寧に拭いてくれた。自分でも拭けるのに。髪まで少し整えてくれてから、ようやく離れる。気が済んだらしい。
侍女だから当然なのかもしれないが、カンナは私のお世話をしている時が一番、生き生きとしている。私もカンナにお世話をされるのが好きなので、どちらにもメリットのある時間。
その後、カンナが手早く用意してくれたお茶とお菓子をのんびり頂いていると。ルフィナ達が揃って洞穴から出てきた。私達を見付けて、口々に「お疲れ様です」と挨拶してくれる。ケイトラントだけは真っ直ぐトイレに行った。別に寂しいわけじゃない。
「おつかれ~。みんなも休憩?」
ルフィナ達は頷きながら、近くに置いてあるもう一つのテーブルの方に着いていた。
「目的の場所を一気に進めてしまいたくとも、接合剤の乾燥を待つ必要がありますからね。適度に休憩しつつ、位置を変えて効率よく進めないと……」
「うぇ~難しそう。私なら魔法で乾燥かけちゃう」
そして失敗するだろう。
以前、木材加工の時にやった失敗である。乾燥魔法を過度に掛けてしまい、幾つもの木材を破損した。モルタルをあの規模で割ったり変形させたりしようものなら賢明に仕事をしてくれたルフィナ達に合わせる顔が無くなる。絶対に手は出さない。
当時の失敗談を語れば、みんなも意外そうな顔をしていた。魔法はもっと便利なもの、と思っていたらしい。
一定の乾燥度に合わせるってことも、出来ないわけじゃない。ただデフォルトの魔法がそうはなっていないので、自分で魔法を組み替えて調整する必要があるのだ。つまり魔法の難易度が跳ね上がる。そもそも乾燥魔法は生活魔法のレベル10なのに、更に難しくなるのは流石の私も嫌だよ。
ルフィナ達のような有識者かつ熟練者が居てくれて、本当に助かったね。
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