第762話

 見学の人達が捌けたところで、一旦、門や錠前などは収納空間に仕舞った。この場所はこれから、装飾柱を作る作業場となる為、置いていても邪魔なので。

 素材となる石材も私の魔法から作る。円柱の形で生成。門の柱と扉の柱は高さが違う為、間違えてはいけない。きちんと設計図を確認しながら作成し、チラッとカンナを振り返る。柱の高さが正しいことをダブルチェックしてもらった。振り返ったら即座に目が合うのも嬉しくて癒し。

「左右対称だから、気合いが必要だなぁ」

「むしろ、二本を同時進行されては如何でしょうか」

「……それ名案かも!」

 ぽそりとカンナが呟いた言葉に、私は手を叩いた。一本ずつやろうと思っていたが、同時にやった方が良いかも。

 魔法で『同じ大きさ』や『同じ形』を作るのは簡単だ。発動する時にそのように命令を組み込めばいいから。その応用で、『左右対称』も制御できる気がする。

「やってみようかな」

 適当な石材で試してみよう。同じ形の真四角の石を二つ生成して、横並びにして配置。

 そして同時に、左右対称の図柄を彫ってみた。お、できる。できるぞ!

 嬉しくなってパッとカンナを振り返る。カンナはちょっと戸惑った顔で目を瞬いた。

「同時に削ることが出来るのですね……」

 どうやらカンナは同じ模様は続けて作業した方が、記憶も鮮明で比べ易い、というつもりで言ったようだ。確かにそれもそう。

「アキラ様のお身体にご負担はございませんか?」

「今のところ負荷は感じてないよ。長時間になると分からないから、時々確認するね」

「はい、私もお傍で見ております」

 カンナらしい返答だったが、嬉しかったのでニコニコした。カンナが常に私を見つめてくれているからこそ、振り返ったら必ず目が合うんだからな。

 よし。じゃあ早速、装飾柱を彫っていきますか。二つを立てた状態で横並びに固定。正面に立った。

「うーん、上の方が見にくいな。脚立を使うか」

 足場は、遺物の蓋を再び使おう。徐に私が収納空間からそれを取り出したところで、カンナが少し弱い声で「アキラ様……」と言った。

「うん?」

「リコットが知れば、きっとまた狼狽するかと」

「あはは」

 遺物を足場にしている私を見て、前もおろおろしていたからなぁ。でもこれ使い勝手いいんだよね。そんなに、良くないことだろうか。

「カンナも、これを使うのはやめた方が良いと思う?」

 あの時のカンナは驚いた顔をしつつも何も言わなかった。しかし今回こうして言葉を挟んでくるということは、少なからず思うところはあるのかも。そう思ったが、カンナは肯定せず、でも否定をするでもなく、やや首を傾けた。

「私から、良し悪しは申し上げられません。ただ、個人的に少し、心配な思いもあります」

「心配」

 どういう点だろう。問い返せば、カンナの瞳には不安の色が宿ったように見えた。

「割れてしまっても、アキラ様であれば修繕できるのでしょう。しかしそれを『元に戻った』と心から思えるかどうかは別です。作った者はもうこの世におりません。……後悔しないで頂きたいのです」

 この石版の無事を想った心配じゃなくて。私の『心』が心配なのか。

 ふむ。大丈夫だと思って使っているけど。いざ壊れてしまった時に、謝る先が無いと感じて、うーん、嫌な思いを抱く可能性がゼロとは、確かに断言できないかも。

「分かった。使わないでおこう。考えてみれば石版くらい自分でも作れるね」

 自分が作ったものなら傷付いたり割れたりして心が痛むことも、周りが案じることもない。石柱を作るよりずっと簡単なんだから、最初からそうすれば良かった。

 私は遺物の蓋を収納空間に入れ直して、同じくらいの大きさの石版を、自分で生成した。

「差し出がましいことを申しました」

「ううん。いつも心配してくれて、ありがとうね」

 純粋に自分を想ってくれているのが伝わるから、私も足を止めて考えることが出来た。ある意味でカンナが一番、私の扱いに長けているのかもな。

 じゃあ憂いも心配も無くなったところで。装飾柱を作りましょう。

 石板の上に脚立を置き、天辺に跨る形で座る。この高さなら全体が良く見えていい感じだ。まずは前面から、左右対称に削っていこう。


「――アキラ様」

「んあ。はい」

 どれくらい時間が経ったのだろう。不意に下から掛けられた声に、目を瞬く。カンナの声だ。見下ろしたら、額から流れてきた汗が目に入った。うええ。慌てて目を擦る。

「此方をお使いに……いえ、失礼いたします、お傍に参ります」

 目を開けられない私にタオルを渡しても仕方がないと思ったのか、カンナが私の脚立に上がってきた。二段下に立って、代わりに、私の汗を拭いてくれる。ぎゅっと目を閉じたままでカンナに任せる。目の周りも丁寧に拭ってもらったら、開けても大丈夫だった。

「申し訳ございません、随分前から汗には気付いていたものの、集中の邪魔をしてはいけないと……」

「ううん、ありがとう」

 さっきは私が丁度、息を吐いて魔力操作を止めたところだったから、区切りと思って声を掛けてくれたらしい。本当にすごく緊張する作業をしていた為、話し掛けず静かにしてくれていたのは助かった。

「アキラ様は集中なさる時に、沢山、汗をかかれるんですね」

「あー、そうかも……びっくりした~」

 集中と緊張が相まっている時に、だろうか。今回もビショビショです。帰ったら熱いお風呂に入ろう。

「長く同じ体勢を取られておりますから、少し、休憩なさった方が良いのではないでしょうか」

「そうだね、休憩しよう。お茶をお願い」

 集中が途切れると、心身の疲れも感じてきたので。脚立から下りて、ぐっと身体を伸ばす。まだ一時間くらいしか経っていないが、この一時間が一番疲れたな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る