第758話_工事開始
とにかく。報告と人員の追加の為にスラン村へ転移。
そのままモニカの家を訪ねたら、ナディアとラターシャも中に居た。どうしたんだろう。何か困ったことがあって、相談でもしに来たのだろうか。
「あれ? ヘイディさんは?」
「まさか置いて来たの?」
しかし二人は私が何か言うより早く、重なるように声を出す。
「えっ、いや、ちょ、待って」
自分に嫌疑が掛けられていることを察したものの、ヘイディが言い出したことだと私が説明しても説得力に欠ける気がして言葉に詰まる。するとカンナがそっと私の腕に触れた。
「アキラ様、私が説明いたしますので」
「う、うん。ありがとう」
間に入ってくれた。そうだね、カンナが説明してくれたらナディア達が疑うこともないはず。信頼の差にちょっとチクチクするけれど、今はそれよりも作業が優先だ。此処でまごまごしていたら、ヘイディを独りにする時間も長引いてしまうから。急ぎ、私はモニカに出入口の位置を伝えた。
「これから、日暮れ頃まで掘削と伐採かな。連れて行くのはケイトラントとルフィナでいいの?」
「アキラ様のご負担でなければ、追加でロマをお連れ下さい。今はルフィナと共に、倉庫に居ると思います」
「はーい、了解」
ロマは私がスラン村の中で最初に会った人だ。竜種に襲われかけていた人。最近は挨拶とか世間話くらいしかしていなかったが、この村の中では比較的、力持ちな人だそう。だから力仕事には率先して支援に入ってくれているんだね。
「何かあったら、いつでも魔道具で呼んでね」
きっと既に伝わっているだろうが、改めて告げておく。モニカは柔らかく笑って頷いてくれた。
なお、ナディアとラターシャは、カンナから話を聞いたお陰でもう私を怒ってはいないらしい。「いってらっしゃい」と見送ってくれた。ちなみにどうして此処に居たんだろう。まあいいか。本当に困ったことがあったら、ちゃんと教えてくれると思う。多分。
倉庫を訪ねれば、そこにはルフィナとロマと、ケイトラントも揃っていた。話が早い。
「出入口の場所を決めたから、工事に行くけど。もう行けそう?」
「はい! あっ、その、この辺りの道具を、ついでに運んで頂けたり……」
「あはは、いいよ」
可愛い頼み方で思わず笑っちゃった。
ルフィナは時々、恭しい態度がちょっと崩れることがある。他の貴族の前では褒められたことではないかもしれないが、私は喋り易くて好き。
さておき、道具は手分けして持てばルフィナ達でも運べないことはない。ただ、無理をすると危ないのと、一番働かなきゃいけないのはこれからなので、温存の為に今は甘えてくれたようだ。正しい判断です。
「緩い斜面に飛ぶから、みんな転ばないように気を付けてね」
丁寧に注意しておく。ヘイディは転移が二度目だったし、一人だけなら咄嗟に支えられるけど、三人まとめてだとフォローし切れないかもしれない。まあ流石にケイトラントが転ぶとは思わないし、彼女がフォローしてくれるだろうが、念の為ね。
ルフィナとロマはやや緊張の顔で私の魔力に包まれていたものの、転移直後には何故か少しきらきらの目で喜んでいた。楽しかったらしい。心が強いよ、本当に。
「ヘイディ、ただいま~」
「お帰りなさい」
不安にしていた様子など何も無いって言うか、私らが飛んできても彼女は熱心に杭を打ち込んでいた。
「片側はもうロープを張ってくれたんだね」
短い時間で戻ったつもりだったのに作業が早いな。街道になる見込みの部分、左手側にあるロープが張られていて、今は右手側を進めてくれていた。
街道予定より気持ち大きめに幅を取っていて、この範囲内にある木々と大きな石などをこれから全て取り除くことになる。勿論シンボルの大木を除く。
また、ロープは地面に付くくらい緩めになっていた。これから木々をあちこちに倒すからだ。杭への直撃さえ避ければ、ロープに引っ張られて杭が外れることはなさそうだ。よく考えられている。
大木を残すことは手早くヘイディからみんなに共有され、かつ、大木にも小さな説明看板が掛けられていた。この短い不在の間にどれだけの作業を……。優秀な人が多いなぁ。
「平原側から切り倒せば地面を広く使えて楽だが、目立つだろうな。内側からでも構わないか? 倒す方向には気を付ける」
「その順序でお願い。ありがとう」
早速、ケイトラントが伐採を開始してくれるらしい。
ケイトラントの提案だとギリギリまで目立たず工事が進められる、というのも勿論だが、出入口の周囲を先に広くしてくれると、今後の工事も楽になりそうだからね。休憩場所も取りやすい。
いつの間にか、ロマはヘイディの手伝いで杭の打ち込みとロープ張りに移動していた。ルフィナは私の傍で、既に出入口を作る場所を確認している。
「目印を付けますね」
「助かる」
掘る場所を明確にしてもらった方がやり易いし、うっかり掘り過ぎて埋め直すみたいな二度手間をしなくて済みそうだ。ルフィナは早速、斜面に杭を打ち込んだ。杭の頭の部分に赤い布が巻いてあるので分かりやすい。
目的の場所は普通の緩い斜面だが、此処を水平に掘って、洞穴にする予定。
当然、自然に出来た斜面なので歪な形をしている。しかしルフィナは工具などできちんと測って位置を決めてくれた。ありがたい。私がやったら初っ端から出入口が歪みそう。
うむうむ。両腕を組んで頷いていたところで大きな音がして飛び上がった。振り返ったら、私達の右側にある木が二本倒れていた。もしかして、もうちょっとで倒れますって状態の二本を用意して、同時に倒したの?
「はや。こわ」
「お前に言われたくはない」
唸るようにケイトラントが言う。規格外なのはお互い様だと思うんだけどな。心外だなぁ。
「ちなみに木はどうする?」
「枝葉を落としておいてくれたら、私が収納空間に入れちゃう」
伐採した時はいつも自分でやっている作業だが、それもケイトラントがやってくれると思ったら嬉しくなってきた。細々とした作業が一つでも減るとすごく負担が減った気持ちになる。と思って振り返ったところ、ケイトラントが眉を顰めていた。ケイトラントも面倒だったかな。応相談です。
「……これ全部が入るのか?」
違う憂いだった。いや驚きか。
「既にもっと沢山持ってるよ」
「そうか……」
遠い目をしていたものの、それ以上は何も言わず、ケイトラントは倒れた木の枝葉を落とすべく離れて行った。木は結界の外側に向かって倒れている為、木の先になると流石に結界外になる。まあケイトラントだったら心配ないだろう。遠のく足音から、意識を外した。
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