第757話

 さて。折角リコットがぎゅってしてくれているのに手放すのは名残惜しいですが。ナディアの視線がずっと私の腕に向けられているのがとても怖いので、早めに解放した。

「私はそろそろ、作業の為に出てくるよ。みんなは自由にしててね」

 みんなが何をして過ごすかは私には分からないし、特に説明も無かったが。さっきみたいにカードで遊んでくれててもいいし、ラターシャは巻き藁とか、ナディアは的当てとかを使ってもいい。何にせよ誰も憂いを顔に出さなかったから、特に問題なく過ごしてくれると思う。

「カンナ、おいで」

「はい」

「……えーと、歩きやすい服と靴で」

「今の物で問題ございません」

 上品なワンピースに上品なノーカラーコート、足はブーツだったが。大丈夫らしい。カンナがそういうなら、いいか。

「気を付けてね~」

 女の子達に見送られながら、屋敷を出た。ちなみに屋敷前に広げていた石材は既に回収済みです。女の子達が躓いたら大変だからね。そもそも今日の作業で使う予定だから放置する意味も無いが。

「モニカ~、今から、出入口にできそうな場所を見繕ってくるね」

 女の子達ももう村に連れてきて、自由にしてもらっている状態だと伝えた。うろうろするかもしれないので、村のみんながびっくりしないようにお願いね。

「誰か一緒に来る?」

「では私にご一緒させてください」

 ヘイディが名乗り出てくれた。とりあえず北側の麓に転移して、そこからは歩いたり飛んだりしながら良い場所を探す予定です。改めての説明にも了承してくれた。

 以前にヘイディは転移を経験しているから、未経験の人より気持ちがマシだよね。ただ、今回の転移先は街中にある安全な宿の部屋ではなく、森のど真ん中なんだよな。

「魔物からも私がちゃんと守るから、大丈夫だからね」

「はい、アキラ様のお傍ですから、心配していません」

 不安にさせまいと事前に伝えてみたが、嬉しいことを言ってくれた。

 いや、そういえば、三年前は結界なしでこの山を登ってきたんだもんな。ケイトラントが居たとは言え、あの時の方がきっとずっと怖かったよね。

 さておき、ヘイディが居るので変にカンナを触らないようにしながら麓へと転移した。転移先にも魔物は居たが、出来るだけ少ない場所を選び、かつ、私達が転移した直後に、遠くへ押しやる形で結界を展開した。半径四、五メートルは決して近付けない。

「今の高度は、ええと」

「海抜十八メートルです」

「えっ」

 カンナの回答に私は目を丸めた。カンナも測定が出来るのは知っているから、測ったこと自体は驚きじゃない。問題は、『メートル』と、で答えたことだった。

「いつの間に私の世界の単位を覚えたの?」

「……正確な日付は分かりませんが」

 そう前置きしてからカンナが教えてくれたことによると。私が製図中に時々ぶつくさ一人で喋っている内容から、私の世界にはセンチとメートルという長さの単位があって、百センチが一メートルであることを察したという。

 また、ナディアが最近使っている巻き尺の片面は『センチ』の目盛りになっている。それを借りて、センチとメートルの二つの単位を自分の測定魔法に組み込んだ――とのことだった。

「優秀すぎて引いた……いやこれは褒め言葉です」

 私にとって馴染みのある単位を把握できれば、今回みたいなケースで補佐できるかもしれないって思ってくれたんだよね。先回りの先回り。すごいや。私の目が無意識にキラキラしたんだと思う。目を瞬いたカンナが、「恐縮です」と小さく呟いた。ちなみに私達のやり取りを横で聞いていたヘイディはずっとニコニコしていた。

 閑話休題。現在、海抜十八メートルです。

 平原まではなだらかな下り坂となっていて、この位置に出入口を作れば特に問題なく行き来が出来るだろう。

「今は村から見て北北西辺りかな。このまま同じ高さで東に向かって歩いてみて、良さそうな場所を探そう」

 ヘイディと二人、地図と周辺の地形を確認し合いながら歩く。カンナは大人しく後ろを付いて来てくれている。足音だけでも癒されるので作業が捗ります。

「岩場と水場は厄介だよね。私なら退けられはするけど」

「そうですね、アキラ様の魔法はいつもすごいですが……作業が少ないに越したことはありません」

 完全に岩壁になっているなら補強が少なくていいからむしろ選びたいところだが、そういう場所は無く、他より岩が多いだけでそれなりに土が混ざっている。ふーむ。

「此処に小川があって、此処が岩場。この辺は木がかなり密集してたから、流石に伐採が大変そうだし、急な地盤の緩みも心配か」

 こういうのは消去法だ。と、私は思う。問題になりそうな場所にバツを付けた後、候補をあと二箇所まで絞った。どっちがいいかなぁ。多分、どっちでもいいんだろうけどなぁ。

「あの、アキラ様。あちらに見える大木を、いっそシンボルとして残すのも面白いと思うのですが」

「なるほど!」

 私達の正面からやや左に、ひと際大きな木が立っている。私やケイトラントにとっては倒すのも容易な木だが、折角ここまで立派に生きてきたのだ。出入口のシンボルとしてあれが街道の中央に立つのは趣があっていい。その周囲だけ道幅を広く取って、木を周囲を三段程度の石材で囲う形にしようか。訪問者が木陰で休む場にもできるかも。

 立ったままで簡単にその構想を絵にしてヘイディに見せると、彼女も嬉しそうに「いいですね」と言ってくれた。

「じゃあ、場所は此処で決定しちゃおう」

 北北東の位置で、麓の街からは離れてしまったが、街から見付かりにくいって意味では悪くない。

 工事予定の範囲には宣言通り、大きめの結界を張った。この大きさになると流石に一般人からも視認できるが、近くを通らなければ分からない。この辺りは何も無い平原だし、魔物の多い森の近くをわざわざ通る人も居ないだろう。

 あとは、再び転移する時に場所がズレないように、大木の足元に私の魔法石を埋めておく。魔力的な目印としてね。

「よし、一旦スラン村に戻って、人員を追加しよっか」

「その間、私は此処で先に作業を始めておきます」

「へ?」

 迷いの無い目で言い放ったヘイディは既に自身の収納空間からロープと杭を取り出していた。整備すべき範囲などに目印を付けてくれるみたいだ。

「え、怖くない?」

「アキラ様の結界の中です。何も問題ありません」

「度胸あるなぁ……」

 例え魔物が来ないって分かってても普通はこんなところに一人で残されたくないだろう。そう思うが、スラン村の人達は相変わらず心が強い。

「すぐに戻るからね!」

「はい」

 不安にさせまいと熱心に伝える私を、ヘイディは可笑しそうにしていた。私が変かな? ホントに?

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