第756話_無茶禁止
正直言って今回、一番手間が掛かる作業がその地下通路内の石壁だと思っている。
だから助けがあるということはちょっとホッとしていた。一般的に考えれば、最大の作業は掘削と伐採になるけれど。その辺りは魔法で無茶ができるからね、今日中にさっさと済ませてしまうつもり。――そう宣言すると。
「一気に木々を倒すと目立つだろう。私も手伝うから、少しずつやろう」
「えー。はーい」
ケイトラントが門から少し声を張ってそう言った。うーん、仰る通り。
倒れる木々が派手に四方八方に倒れたら引っ掛かって回収も大変だろう。一本ずつ倒し、丁寧に回収しましょう。一本ずつやるなら、ケイトラントが一緒に作業してくれるのはありがたいな。時間短縮。
しかし魔法も魔道具も無く斧一本で木を切り倒せるケイトラントの方が怖いんだけど、ヘイディが私に対してだけ引いているのが解せない。
「女の子達を連れてきてちょっと落ち着いたら、まずは場所を見繕ってくるよ」
場所が決まれば次は魔物避けの大きな結界を張って、それからケイトラントとルフィナとヘイディなど、お手伝い達を連れていく。
私は掘削作業から着手。その間にケイトラントには先んじて周辺の伐採を頼もう。大変な作業をお願いしているはずだが、私の勝手な計画を告げてもケイトラントは何でもないことのように軽く頷いていた。
「ケイトラントを長く借りちゃうけど、何かあれば魔道具で呼んでくれたらすぐに駆け付けられるからねって、モニカに伝えておいて」
「はい。ありがとうございます」
この村の守護の要であるケイトラントだから、心配だろうと思ったのに。ヘイディもケイトラントも、笑っていた。むう。過保護だったかな。くすぐったい。居た堪れなくてぷるぷると頭を振る。
「そろそろ時間だ。女の子達を連れてくる」
ヘイディは私の言葉に了承を示して会釈をした。とりあえず今の話は、モニカに伝えておいてくれるとのこと。
女の子達の指示通りに一時間が経過したことを改めて確認し、私はジオレンのアパートに戻った。
「おぉ」
玄関に転移すると、みんながソファに座ってトランプで遊んでいる光景が目に入った。ちょっと面食らってしまう。
「ごめん、時間が余ったから……すぐ片付けるね」
ラターシャが笑ってそう言うのを合図に、みんながトランプを片付け始める。何のゲームだったのかパッと見ただけでは分からなかった。後で誰か教えてくれるかな。別にいいんだけどね。
「あ、そうだ、アキラちゃん。マリコはどうする?」
観葉植物のマリコを振り返ってルーイが言った。マリコは今日も太陽を浴びて気持ちよさそうに窓際で佇んでいる。緑色が眩しい。健康そうだ。
「今回はまたお留守番かな。長引きそうなら改めて迎えに来よう。サラとロゼも」
つまりサラとロゼも今回はお留守番。短ければ数日だけだからね。あの子達は妙に度胸があって転移に怯えた様子を全く見せないものの、少しは心身に負担があると思うから。必須でないならそっとしておいてあげたい。
そう丁寧に説明すれば、みんなは了承を示して頷いた。ルーイはいそいそとマリコに水をあげに行った。お世話してくれている。いい子で愛らしい。
とにかく。女の子達は準備万端であるようなので、荷物をさくさくと私の収納空間へと放り込み、女の子達を連れて再度スラン村へと転移した。
預かった荷物は、私の寝室にまとめて出してしまう。必要に応じて何処かに片付けて下さい。ということで自分はまた屋敷の前で石材の生成でもしよう。そう思って寝室を出たところで。
「待って、アキラ」
「はーい?」
長女様に呼び止められました。勢いよく回転して振り返ったら、動きが怖かったのかナディアの尻尾がちょっとふっくらした。可愛い。でも驚かせてごめん。
「今日、一緒に寝ましょう」
「へ?」
「えっ」
最初の間抜けな声は私だが、驚きと戸惑いの声は女の子達からも口々に漏れた。今日はみんなと一緒の部屋だから当然、添い寝の方の意味だろうけど。何にせよナディアが自ら誘ってくることは珍しい。だからとても嬉しくて、普段なら大喜びで頷く。だけど今回は、言葉に詰まった。
「ええと、いや、今夜は――」
「駄目よ」
言葉半ばでナディアに遮られる。厳しい目で見つめられて、思わずきゅっと口を引き締めて黙った。
「眠らないで作業するつもりだったでしょう」
私は沈黙した。図星だったからだ。それすらもナディアは瞬時に察し、私を見つめて目を細めた。
「あなたが眠らないで作業をするならカンナは付き添うでしょうし、何より、この村の人達が気を遣ってしまうわ。あなただけじゃなく、共に作業をする人達がみんな休めなくなる」
ぐうの音も出ない。
カンナやスラン村のみんなの性格を考えれば、間違いなくナディアの言う通りの未来になるだろう。私が『命じて』しまえば、村に残ってくれるとは思う。でも私が休んでいないのを知った上で、ゆっくり休んでくれる人達ではない。少なくともカンナは寝ずに待つ気がした。ううん。唸ることしか出来ない。
「いい? 夕食の時間には必ず全員を連れて帰ってきて。アキラもそこで作業を終わりにしなさい」
「……はい」
口をへの字にしながら了承したら、満足げにナディアが息を吐く。その横で、他の子らが眉を下げて笑っていた。
居心地の悪さにむつりと沈黙してみる。そんな私を見兼ねたか、ひょいと目の前に来たリコットが、首に両腕を回して私を抱き締めてくれた。
「夜更かししたいなら、晩酌に付き合ってあげるよ。だから労働は夕飯までね」
多分、ナディアもリコットも、私が『忙しくしたい』んだって気付いていたんだな。
だからこの提案をしてくれた。カンナやスラン村の人達のことだけを想うなら、帰って来いと、私に厳しく言うだけで良くて。添い寝や晩酌の付き合いをする必要は無いんだから。
「うん、ありがとう」
しっかりと抱き返した。リコットは私の後頭部を撫で、首筋に頬を擦り付けてきた。可愛い。
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