第752話

 私の魔法で強化して支えるから老朽化のメンテナンスを真剣に考える必要はあまりないが、やっぱり腐食しそうな木材と金属素材は避けて、石材にすべきかなぁ。

「あ、リコ、ちょっと手伝ってほしいんだけど、えーと……」

「なにさ」

 リコットに向き直ると、私は徐に、ルーイの可愛いお顔くらいの大きさの石を魔法で生成した。みんながぎょっとしている。しかもそれをリコットに見せた後、中央あたりばきりと割った。勿論、腕力ではなくて石加工の魔法で。

「こわい……」

 ラターシャが小さく呟くのが可愛くて笑っちゃう。ちなみに今の「怖い」は私のことが、じゃなくて、石の割れる様子がだよね。うんうん。

「はい、これ、元に戻してみて」

「はぁ!?」

 割れた石を渡した。リコットは目を白黒させながら受け取ってくれる。

「多分できるよ。生成と操作ができれば」

 石加工の魔法は、割ることも出来るが、修復も出来る。

 勿論、金属も同じ要領で可能であるものの、そっちの方がレベルが高いし、金属の場合は割れるとかじゃなくて錆びるなどの老朽化が多い。そうなると割れるのと違ってかなり直しにくいのだ。うん、やっぱりメンテナンスを考えれば石材が良い気がする。

 リコットは可愛い口を尖らせてぶつぶつ文句を言いながら座り直し、石を抱えて魔法を試みている。それを横目に、私は昇降機とトンネルの構想を紙にまとめた。

 なお、私以外の人はリコットの方に注目している。目が真ん丸だ。それもそのはず。彼女の手元では石がパキパキと音を立てながら、徐々に繋がっているのだから。三分ほどすると、リコットは大きく息を吐いて顔を上げた。

「ん~~~ちょっと歪……もうちょっと慣れたら、ちゃんと直せそう」

「おっ、上出来! すごいねぇ、初めてでこれは凄いよ~」

 私が割った位置に微かにくぼみがあって、何処が割れた場所か分かるから、完全な修復ではない。だけど石はきちんと繋がっているし、繋ぎ目も強い。三十メートルくらいの高さから落としたら流石に同じ場所で割れるだろうが、十メートルくらいなら何ともないだろう。うん、例えが分かりにくいね。

 うんうんと頷いていたら、石がまたばきりと音を立てた。何故かリコットが修復したばかりの石に触れ、別の場所を割っちゃった。割るのも上手だね!

「手本は?」

「あはは。いいよ。はい」

 私にお手本を見せてほしかったのか! ならば完全な修復をやりましょう!

 調子に乗って一息で直した。傷一つ無い、完璧な仕上がりだ。満面の笑みで顔を上げたらリコットに「クソッ」と言われて腕を叩かれた。みんなが一斉に笑う。

「え~綺麗に直ってるのに~」

「直ってるからだろう……お前には人の心が無いのか」

「酷いこと言われてる!」

 ケイトラントの言葉に抗議の声を上げたが、誰も私を庇ってはくれなかった。

「で? アキラちゃんは私にそれをやらせて何がしたかったの?」

 加えて、横からリコットはじとりと私を睨み付けてくる。

「怒らないでよ……。この通り、土属性に長けた人なら石材は修繕できるから、今回のものは石材で作ろうって話をしようと思って」

 私が「ほらできるよ~」って言っても、救世主わたしだからでしょってなっちゃうし。私が直せる範囲は私が見ていくつもりだけど、他の人が一切メンテナンスできないのは問題だと思うのだ。

「リコは素質が上位ってだけで、魔術師の中ではまだまだ未熟だよ。この修繕が出来る人は、この国に沢山いる」

 頑張っている子を前に、これは心無い言葉だと言われるかもしれない。でも特別を嫌がるリコットを知っている私の女の子達は、私の言葉を咎めなかった。直前まで拗ねていたはずのリコットも、何だか気配が緩んだ気がする。

「だから私がどうしてもメンテナンスしてあげられない時なら、オルソン伯爵とか、他の所に魔術師をお願いして派遣してもらったらいい」

 モニカが理解して頷いてくれたところで、唐突に呼び付けられたルフィナとヘイディがやってきた。二人共「また新しい仕事ですか」って顔で苦笑している。いつも新しい話を持ち出してごめんね。

 取り急ぎ、大工姉妹にも一通りの説明をする。二人はあんまり驚く顔を見せなかった。慣れでもあるだろうが、実現方法と工事の工程について考えが向いたせいだろう。

「アキラ様は、地下工事についての知識はございますか?」

「エルフの知恵の範囲ならね」

 案の定、すぐに技術的な話に移ってくれた。

 さておき、私の知識だな。エルフ族の秘宝は地下深くに保管されていた。つまり地下工事の技術が彼らにもあるのだ。

 簡単にその知恵を説明したら、ルフィナとヘイディは軽く頷いていた。彼女らの知る技術と大きくは違わないようで、細かい部分についてだけ少し意見交換をする。

「でも、昇降機開発と全体の工事は、今すぐにはやらない。今回は『出入口』の位置を決めて、門とその付近、それから麓の森を出るまでの街道。それだけを作る」

「経路があるように見せかける、ということでしょうか?」

「そうそう」

 最低限の意味は理解したものの、その真意が分からないみたいで、部屋の全員が首を傾けている。

「オルソン伯爵に会う時は、私が転移でその門までモニカを連れて行くよ。そこからは馬車で、会う場所に移動する。どうかな?」

「つまりこっそり転移する先として、見た目だけ整えちゃうってこと?」

「その通り」

 麓に転移するにしても、魔物がたっぷり居る森の中しかこっそり転移できる場所が無い。転移しても、その後どうやってこっそり馬車を出すのかって話になる。オルソン伯爵が「近くまで行きます!」と麓の森まで来てしまうなら特に隠しようがない。しかしその可能性は非常に高いと私は思う。

「むやみに転移魔法を見せるわけにはいかないからね」

 オルソン伯爵がもし近くまで来るとして。伯爵ともあろう人が、少数で来るわけがない。最低でも一個小隊を率いて、世話役も数名付けてくるはず。その規模の全員に見せるには、転移魔法は特別すぎる。

 どう見ても唯一無二の魔法だから、私が救世主だと察する人も多いだろうし、そうでなくともこんな魔法が可能ならあっちに来てくれ、こっちに来てくれ、部隊を運んでくれ等と、要望が殺到するだろう。回復魔法並に大人気になっちゃうってわけ。

 しかもオルソン伯爵とその周囲の人は私がスラン村の領主だと知っている。殺到する先がこの村になる場合は……そもそも、『隠れ里』の意味がなくなる。

 説明が終わる頃には、みんなも真剣な顔になっていた。隠さなければならない事情については私以上に、深刻に感じ取ってくれているのだと思う。

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