第751話

 とにかく街道だ。道を作ること自体は、私の規格外な魔法と魔力量をもってすれば、そう難しくない。

 でもその道中を安全にしなきゃいけないし、かつ、余計な人が入らないようにも、何か対策をしなきゃいけない。

 安全な道を作ってしまえば、不届き者も安全に登れるようになってしまうからね。今この山が不可侵であるのは、麓が魔物でごった返しているお陰だし。

「うーん。とりあえず、街道を作るとしたら、どっち方面に作りたい?」

 問題は山積みだが、一つずつ解決していくしかないので聞いてみる。

 モニカは考え込むようにして眉を寄せ、目を閉じた。

 うん、こんなこと急には決められないよな。考慮の助けになるようにと地図を取り出し、大きな紙に転写した。書き込みながら考えましょう。

「此処がこの山。これが城ね」

 モニカ達にとってヴァンシュ山は迷い込むようにして逃げ込んだ場所だから、正確な位置関係が分からないかもしれない。説明しながら指で示す。モニカ達は真剣に見つめ、頷いていた。

「私が竜種問題で訪れた麓の街は、西側。この辺だね」

「アグレル侯爵邸はこの辺りだったので、村の、北北東ですね」

 ふむふむ。私はモニカが指した場所に印をつけた。そしてオルソン伯爵の領地はモニカの領地の西側だったらしいので、つまりこの山からほぼ真北だ。

 位置関係を明らかにしたところで、改めてモニカが小さく唸る。

「やはり北側でしょうか。いずれ自分達でも下りる可能性を思えば、オルソン伯爵領へも、西側の街へも行きやすい場所が望ましいでしょう。ですが、西側の街から目立つ位置に道を開くことは……気が進みませんね」

「うん、そうだよね」

 王都は南東になるが、あっちとのアクセスは別に必要ないから無視。そもそも、そんなに近くないから山を迂回するのも誤差だ。

 また、西側の街はこの山と接した位置にある為、同じ方角に道を作ってしまうとほぼ直通になる。ずっと隠されてきた村なのだから、そんなウェルカムな位置に街道を置きたくはないだろう。

「北側で、都合の良さそうな場所を見繕って、うーん」

 山の北側を円で囲む。さて、この辺りの何処かを街道の入り口として、どうすれば、色んな課題をクリアできるだろう。

「エレベーターが一番かなぁ」

 数分の沈黙の後。私が唐突に呟いた言葉に、みんなが首を傾けた。ああ、そっか、伝わらないか。

「私の世界の言葉で、『昇降機』って意味だよ」

「山に、昇降機ですか?」

 伝わるかは半々だと思いながら言ったが、昇降機という言葉は伝わった様子だ。

「昇降機自体は、この世界にも存在してる?」

「はい、ええと……大砲や物資を上階へ運ぶ用途で、城などの大きな建築物や、砦、街の防壁に設置されることがございます」

「なるほど」

 その程度のカラクリならこの世界にもあるわけだ。ふむ。ただし人の昇り降りに利用されるものではない感じだな。そこまでの安全性が担保されていないか、燃費が悪いか、速度が遅いか、その辺りが理由だろう。

「もう渡してある、捲揚機ウィンチの仕組みを流用したら、装置は簡単に作れるんだよね」

 捲揚機ウィンチは木材などの物資を高いところに上げる魔道具。女性しか居ないこの村では、ケイトラント以外がそういう力仕事をするのは大変だろうと思ったから作った。ルフィナが大はしゃぎで使っていたのはまだ記憶に新しい。逆回転で物を下ろすこともできるので、昇降機の動力部には最適だ。

「あの装置を足場の四隅に付けて、連動して動かすのか」

「簡単に言えば、そういうことになるね」

 ケイトラントはあの魔道具が利用される場に何度も居合わせている為か、飲み込みが早く、納得した様子で頷いてくれた。ただ、彼女だけに伝わっても仕方がない。ちゃんと説明しなければ。

「だから端的に言うと、えーとね」

 山を横から見たような断面図を紙に書いて、一部の斜面から真下に穴を掘り、地表から水平にトンネルを掘ることを図解した。断面図ではL字型の穴である。

「こんな感じ!」

「山の地中をその昇降機で下りて、後は真っ直ぐ平坦なトンネルを歩くということ?」

 横から覗き込んでいたナディアが、やや引き気味に言った。

「えー、怖すぎ~。崩れない?」

 流石リコットは分かりやすい言葉で感想を伝えてくれるね。お陰で、「どうやって不安や意見を伝えようか」と微妙な顔をしていたモニカ達の表情も少し緩んでいた。

「その辺りは勿論、きちんと補強して工事するけど。その上で私の結界を張ってしまえば、地震とかの災害があっても崩れることは無いよ」

 地中を進む魔物も居るからね。モグラとか大きいミミズみたいな魔物。ああいうのを防ぐ意味でも結界は必要だし、その結界に魔物だけじゃなく物質も通れない機能を付ければ土や岩が崩れて入ってくることは無い。空間そのものを保持してくれる。

「あと、私が全ての柱や部品一つ一つを全力で強度強化したら、土砂崩れがあってもこの昇降機だけは不動だと思う」

「それむしろ避難所になるレベル」

「ははは! そうだね、何かあったら避難所にできるくらい、強くしちゃおう」

 リコットの言葉に頷いた。いいアイデアだね。いざって時の避難場所にするつもりで、昇降機と地下通路を作ろう。

「昇降機の仕組みは、んーと、簡単にはこういう、感じかなー」

 新しい紙に書き込んでいると、モニカが指示して、ルフィナ達を呼ばせた。偉い。彼女らの助言と確認は必要です。

 魔法の仕組みは私以外が見て分かるものじゃないけど、動力と強度だけが魔法依存で、他はからくりだからね。

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