第750話_慰霊碑建設の遅延
モニカは呆れたように笑い、そして深い溜息を零した。
「……あの邸を、フォスター家が利用しなかった理由が、今更、よく分かりました。火葬はおろか、土葬の場も正しく用意しなかったのであれば、疫病の危険がございましょう。……使えるはずがございません」
私達の前だからか、モニカは泣きも取り乱しもしなかったけれど。声は隠し切れぬ怒りに震えている。ユリアとライラも、唇を噛み締めて俯き、身体を震わせていた。
退路全てに火が付けられたと聞いていたから、私は勝手に、侯爵邸はほぼ『焼け落ちた』んだと思っていた。
でも今思えば、フォスター家は金目のものを侯爵邸から盗んでいる。元からそのつもりであったなら、価値あるものが多く保管してありそうな本邸を丸ごと焼き落としたとは思えない。退路を断ち、人々を殺し、もう反抗する者は無いと見たら、自分達で鎮火したのだろう。何にせよ、王様から聞いた状況から察するに、侯爵邸は原型を留めないような状態じゃない。
それが幸か不幸か、遺体を燃やさなかった。そして今もまだ、完全な骨となることも出来ず、半端な状態で放置されている。風雨に晒されればもっと早く白骨化するはずだが、土の中だと、長く掛かるらしい。
「そんな状態だから、当分は君らを連れて行くことも難しい。申し訳ないけど、しばらく待ってあげてほしい。こればかりは、王様達に罪はない」
私が王様を庇う言葉を吐く日が来るとはな。でも今回は本当に、フォスター以外の悪が思い付かない。王様は、とにかく全ての遺体を丁重に扱い、出来れば全員の身元を確認するように指示しているという。
と言うのも、埋葬するにあたって、アグレル侯爵家に属する犠牲者と、アグレル侯爵家からの抵抗で死んだ侵入者は分けたいと考えているからだ。そりゃそうだよ。フォスター家の縁者となんて、間違っても一緒に埋葬されたくはないよな、絶対に。
だが、そのような作業の中で調査員に疫病が広がってもいけなくて、色んなことを配慮するが故に遅々として進んでいないのだそうだ。
王様は頻りに謝罪していて、モニカにも申し訳ないと言っていた。それらを丁寧に伝えたら、モニカは何度か頷いた。
「皆の遺体を大切にして下さった末の遅れです。理解しております」
今回見付かった遺体は改めて適切な形で弔ってもらって、疫病の心配も完全になくなった後じゃなければ、流石にモニカ達は連れていきたくない。この件はもう少し掛かりそうだ。モニカも問題ないと同意してくれた。
「二件目の用件は、オルソン伯爵にお願いしていた、風鳩について」
すぐに話題を変えたのは私に人の心が無いからではない。と思う。あんまりこの話題を長引かせても、しんどいだろうと思ったからだ。一応、モニカと従者二人が心を落ち着けて顔を上げるのは待った。
「とりあえず返事を預かったんだけど。王様曰く、『どうやったらモニカに会えるか』を気にしているらしいんだ」
昨日の通信後、魔道具の横に置いてくれた手紙を私が引き取った。
ちなみにこの手紙は昨日届いたとのこと。それで、これをモニカに渡す際にさっきの件を合わせて伝えてほしいと頼まれたのである。
「確かに、オルソン卿に願うことばかりを考えておりましたが、卵を受け取る方法をまだ講じておりませんでしたね。位置としてはそう遠くないものの……まず我々が、山を下りねばなりません」
そうなるよね。この山は麓に魔物が多いので、オルソン伯爵に上がって来いとは言い難い。犠牲が絶対に出る。
王様を経由すれば今回の手紙のように受け取れるものの、折角この山の方がオルソン伯爵の領から近いのに、何か勿体ない気がする。どうしようもなければそうするが、伯爵の方は、モニカとの面会を望んでいるからなぁ。
「返事に時間が掛かってしまったことを酷く謝罪させてしまいました。急ぎではない、と書いていたのですが」
モニカは手紙の中身を確認すると、そう言って苦笑した。
伯爵は、アグレル侯爵領を自らの領とするようにと唐突に命じられたせいで、大変な状態だったみたい。そりゃそう。
急ぎではないというモニカの言葉に甘えて後回しにしたら、思ったより時期が開いてしまったと、冒頭は長文の謝罪になっていたとか。なんだか可愛い伯爵さんだな。
「丁寧で真面目な方ですので、きっと新たな領地にある町々の視察に回られていたのでしょう。此方に手が割けぬのは道理です。領民の生活が何よりも大切ですからね」
既にこの国の統治下にあった領土なのだから、領主が変わったからと言って、全領民が混乱するわけではない。普通なら。今回はフォスター家が統治していた地域になる。各町の状態をきちんと洗い、問題が無いか、不当な搾取は無かったか、細かく確認するのは必須だったに違いない。忙しい時に申し訳ない雑務を願ってしまったね。私も改めて反省。「ゆっくりでいいよ」を王様経由でもっとしっかり伝えるべきだった。
「風鳩の卵や、飼育に必要な苔はいつでも用意できるとのことですが、引き渡す場所を気にされております。そして、可能ならば私に直接会いたいと」
「ふむ」
方法は幾通りか存在する。前回のように、モニカを王宮に連れて行って、そこに面会の場を設けてもらえば一番早い。ただ、……王宮は今、マディス王国のことで騒がしいだろう。
「麓までの道、作るかぁ」
「……何でも簡単に言うな、お前は」
「あ、ケイトラントおはよう~」
「おはよう」
ちょっとだけ前髪の跳ねてるケイトラントがやってきた。私らが騒がしくて起きちゃったのかと申し訳なく思ったが、ケイトラントは軽く笑って首を振っていた。時々そうして前髪が跳ねちゃうことがあるんだって。ちょっと可愛いと思ってしまった。
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