第718話

 その後も長く行為に及んで、彼女の身体のあちこちに痕を付けた。胸や肩だけじゃなく、脚にも背中にも。

 私は女の子を抱く時に、痕を残すことはほとんど無い。だけどそれはその衝動が無いこととは違う。だからこんな『我儘』を、お金で飲み込んでくれる相手を探すのだ。

「長く付き合わせた上に、無理をお願いしてごめんね。身体は平気?」

「……はい、大丈夫です」

 真偽のタグを見ないように背を向けることも可能だったが、流石に労う言葉を掛けておきながら顔を背けるわけにもいかない。ただ、幸い、タグは出なかった。嘘でも本当でもないらしい。

「お風呂を借りるね。その間、少し休んでていいよ」

 この時間も料金内になるのでケチな客ならとっとと服を着て帰るのだろうが、一晩の為だけに金貨二枚も渡す私がそんなことを気にするはずもない。トリシアもその辺りを気にする様子は無く、小さく頷いていた。

 少しでも長く休ませる為、いつになく丁寧にゆっくりと身体を洗う。

 頼めば湯を用意して運んでくれるらしいが、流石にそれを待つのは面倒だったので自分でこっそり温めた。後処理をきちんとすればバレないだろう。勿論、私自身もぽかぽかに温まった顔で出ちゃいけない。ちゃんと顔色が戻ってから浴室を出る。

「おや、働き者だね」

 トリシアはもうすっかり身支度を整えて、部屋も大体、片付けていた。私が放置していた服も畳んでくれている。

「いいえ、少し休ませて頂きました。お気遣い感謝いたします」

 丁寧に畳まれた服を受け取って、収納空間へと入れた。

「そろそろ帰ろうかな」

「ありがとうございました。お見送りいたします」

 立ち上がったトリシアにふら付く様子は無い。娼婦はみんな逞しいよな。くたくたになるまで抱いても、立てなくなる子は少ない。流石にちょっと長かったから、元気ではないだろうけどね。

 私は努めてゆっくりと、受付台まで歩いた。後払いの分をきっちりと支払って、店を出る。

「君と過ごせて良かったよ。じゃあ、またね」

「はい、いつでもお越し下さい。お待ちしております」

 お決まりだろう見送りの言葉に微笑んで、背を向ける。

 もしまた来ることがあったら、次は変な無茶をお願いせず、普通に遊んでもらおう。行為の前のお酒の時間を増やすくらいはしてもいいね。

 なんて。

 こんなにもすぐ後悔をするなら、やんなきゃいいのにね。

 衝動はあるし、同意も取った。すっきりした。それでも、悪いことをしたと思う。

「余所でした『悪いこと』って……これは流石に含まれない、よね……?」

 悪いことをしたら報告しろって前にナディアに言われましたが、流石にね、そんなね。そろそろ朝が訪れるような時間。もう私の頭も眠っているらしい。下らないことを考えながら、朝日に捕まらないように足早に帰宅した。

 アパートに到着すると、部屋の暖かさにホッとする。女の子達が凍えぬように、この家は私が勝手に術を張っている為、暖房要らずである。

 とにかくもう休もうと、手早く寝間着になったものの。寝室を軽く覗いて、すやすや眠っている女の子達の様子を眺めたら、同じ空間に入り込む気になれずに扉を閉ざした。

「――どうしたのこれ」

「さぁ……」

 そんな声が聞こえて目を開け……うん、開かないな。ううん。唸りながら少し身じろぐ。周りが静かになった。もにゃもにゃ言いながら目を擦って、ようやくそれをこじ開ける。女の子の影が四つあった。

「おはよう……」

「うん、どうしてこんなところで寝てるの、アキラちゃん」

 苦笑しながら、リコットが言った。私はリビングの昼寝用カウチで寝ていた。

 すぐ傍にルーイとカンナが椅子を置いて座っている。私の落下防止のように思う。そして起きたばかりなのか、寝間着のままのラターシャとリコットが、立った状態で私を見ていた。

 ルーイが起きてきたら、その音ですぐ起きるだろうと思っていたのに。存外私はぐっすり眠っていたらしい。

「ん~もうちょっと寝る……ごはん、置いてる……」

「うん、ダイニングテーブルが賑やかなのは見えるよ。勿論、好きなだけ寝ていいけどさ、寝室行きなよ」

 呆れた声でリコットは笑うけど、私を無理に起こそうとはしなかった。もぞもぞと寝返りを打って、毛布に包まる。思ったより眠いです。

 朝食は寝る前に作っておいて幸いだった。こんなに起きられないとは思わなかった。

 それから十分くらい後。最後に起きてきた一人は無言で歩み寄ってくると、短く立ち止まり、小さな溜息を吐いて離れて行った。まだ私の落下防止をしてくれているらしいルーイがくすくすと笑っていた。


「アーキーラーちゃん!」

 それから、どれくらい経ったんだろう。唐突なリコットの声に、驚いて目を覚ました。

「もうすぐお昼だよ。食べる、食べない? 起きる、起きない? こっちで作って良い?」

 急にいっぱい聞かれてびっくりして唸ったら、ラターシャが「まあまあ」とリコットを宥めた。

「いつもアキラに甘いあなたが珍しいわね。……アキラ、眠いならまだ寝てなさい。お昼は食べる?」

「……あとで、たべる」

「じゃあ残しておくわね。ほら、リコット」

「むー」

 リコットは何か拗ねているのか? 確かにナディアの指摘の通り、普段私に優しいリコットにしては叩き起こす勢いだったし、圧が凄かった。後で顔色を窺おう。今はまだ眠い。

 眠りこけていた私がようやく起きたのは更に一時間ほど後。起き上がったら、カンナとラターシャがまだ私の落下を防止していた。ルーイは交代したらしい。

「顔洗ってくる~お昼~」

「はい。ご用意いたします」

 立ち上がりながら昼食を求める私である。ふらふら歩く私を、ラターシャが心配そうに見上げていた。しかし顔を洗って洗面所で目一杯に伸びをしたら、もう大丈夫。

 戻ると、ダイニングテーブルには早速、私用の昼食が並べられていた。カンナは仕事が早いな。今はスープを温め直してくれているらしい。

 テーブルに沢山乗っている料理を取り込んでいく。空になったお皿は順に、カンナが回収してくれた。しばらくするとのんびりとナディアが歩いてきて、洗い物を始める。何かごめん。

「足りそう? アキラちゃん」

 ナディア同様、キッチンに来て片付けを始めたラターシャが聞いてくる。

「んー、満腹にはちょっと足りないけど。もうちょっとしたらおやつの時間だし、これくらいでいいかな」

 今日はボリューミーなおやつを作ろう。ケーキとか。自分の胃袋でおやつを決める私である。ラターシャは苦笑していた。

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