第716話_夜遊び
優しい子達はその後も、私がだらだらと工作部屋で作業をしている中、代わる代わる様子を見に来ていた。可愛くて癒されるよ。ありがとうね。
「今夜はちょっと、夜遊びしてこよっかな~」
おやつの時間、唐突にそう呟いた。私が徐に作ったチーズケーキを食べてまったり過ごしていたところだったので、油断していた女の子達がちょっと固まる。この瞬間、可愛いから嫌いじゃない。
「一人で?」
「うん、ナンパ」
みんなは何処か呆れた顔をしつつも、ナンパに出る点については、溜息だけで発言を飲み込んでいた。
「外出先で呼び出されて、そのまま居なくなったりしないよね?」
「それは無いよ。カンナを随伴させなきゃいけない……いけないことはないけど。私にとっては必要だから、必ず連れに帰る」
こっそりカンナだけを連れ去ることも出来なくはないが、そこまでするほど隠す必要性は感じていない。むしろそんなことをしたら心配を増やして帰宅後にめちゃくちゃに怒られるって分かってるからね。
丁寧にそう宣言したら、「よし」と言わんばかりにみんなが頷いた。ちょっと面白い。
「今度は」
「ん?」
ふとナディアが何か呟くも、途中で言葉を止めてしまう。私が改めて首を傾けたら、落ちていた視線がゆっくりと私に向けられた。
「虐められたら、ちゃんと誰かに泣き付きなさいね」
「別に今まで誰にも虐められてないんだけど?」
リコット達が堪らない様子で一斉に笑った。言われていることは、何となく分かるけどさ。ジオレンで夜遊びに出た初回はヘレナ一家の解呪を請け負ったし、先日はミシェルの件で帰るなり塞ぎ込んだ。私が元気に帰ってきたのは、ダリアと遊んだ日くらいかな。
とにかく、余所で嫌なことがあったとしても前みたいに一人で閉じ籠るなと、遠回しに言われているんですね。毎回ナディアからはこういうことを遠回しに突かれている気がする。私が学習しないせいである。
「滅多なことは無いと思うけどね。まあ、何かあったら慰めてください」
肩を竦めて言えば、ナディアは自分から促したくせに何にも答えてくれないままでそっぽを向いた。うん、知ってた。でもリコットは私の肩に寄り添って「勿論いいよー」と応えてくれる。優しい。嬉しくて、寄せてくれた頭にぐりぐりと頬擦りをする。リコットはくすぐったかったのか、けらけらと声を上げて笑った。
「私らの中で済ませてくれるなら、安心安全なんだけどなぁ」
不意にリコットはそう呟くと、少し伸び上がって私の頬に口付けてくれる。目を丸めて彼女を振り返る視界の端で、ラターシャが困った顔をしながら俯いた。頬にちゅーする場面を見るのも恥ずかしいのか。大変だな、私との同居は。
それはそれとして、遊び相手として彼女らを選べば下手に傷付いて帰ってくることも無いのに、とリコットは言っているらしい。そうだね。この子達はいつだって私にとって安心安全の癒しだよ。ただね。
「可愛い君達を、憂さ晴らしには使えないよ」
努めて柔らかな声で言ったつもりだったが。女の子達は小さく息を呑んだ。誤魔化すように、私はリコットの頬にキスを返す。リコットは一瞬だけ目を丸めたけど。そのまま何も言わないで私の身体を緩く抱いた。慰めてくれているのかな。温かくて嬉しい。
「あなたも、女性をそう使うことってあるのね」
「いや~、何も、酷いことをしようって言うんじゃないよ? でもお金で買うんだから、多少の我儘は通るかなぁってさ」
ナディアの言葉に応えながら、まだ寄り添ってくれているリコットの腰を引き寄せた。力を籠めたら
ちらりとナディアの視線が私の腕に落ちる。嫌だよまだ放さないぞ。こんなに抱き心地がいいんだから容易く放してなるものか。今回ばかりは屈しない。という強い気持ちでいたら、ナディアは私を無視して「リコット」と言った。リコットが笑いながら「はぁい」と応えて身を離してしまう。そう来たか……。本人の意志を無視するわけにはいかず、渋々、腕を解いた。
でも口を尖らせている私の頬をリコットが軽く撫でてくれたら反射的に頬が緩んだ。私の扱いがもうベテランの領域である。
ところでリコットは腰も良いけど、部屋に居るとショートパンツが多いから剥き出しの足を撫で回したくなるんだよね。私は誘惑されていると思います。違います? そうですか。
仕方ない。お茶を傾け、欲望を飲み込むことにした。
夜になったら私はいつも通りみんなと夕食を取り、お風呂の用意を済ませたら、自分だけ出掛ける準備をする。
「じゃ~行ってきまーす」
「気を付けてね」
「問題は起こさないでね」
重なるように掛かったラターシャとナディアの声に思わず笑う。被害と加害をどちらも心配されているね。みんなも笑っていた。
さてと。
外に出た途端、ぴゅっと冷たい風が吹き付けてきて、襟を手繰り寄せた。さむさむ。
歩こうと足を踏み出したところで、上階の光がちらちらと揺れたのが視界に入る。顔を上げればルーイが覗いていた。手を振っておく。あの子はこうして、出掛ける私を最後まで見送ってくれることが多い。可愛いんだよな。少し名残惜しくもある。とは言え、可愛いからって足を止め続けたり戻ったりしていたらキリが無い。背を向けて歩き出した。
酒場が並んでいる明るい通りへと足を進めながらも、私はその明るさを横目に歩き進める。みんなにはナンパと宣言したものの、今日は酒場を回って相手を探す気力があまり湧かない。
ということで、娼館に向かった。初めての利用だ。酒場で知り合った可愛い子が何人か働いている店にしようかな。その子達を指名できるかは分からないものの、全く知らない店よりは良いだろう。
「あら、こんばんは」
「おやトリシア。こんばんは」
店の前に到着すると数名の女の子が客引きに立っていて、中に顔見知りの子が一人。私に気付いて笑みを向けてくれる。
「ご利用ですか?」
「うん」
トリシアはふわりと微笑んで頷くと、そのまま私を店の中へと案内してくれた。
「指名はお決まりでしょうか。空いている者は、奥の部屋に待機しておりますが」
「君が空いてるなら、君が良いな」
私の言葉にトリシアが目尻を下げ、歩きながら小さく会釈をした。
「ありがとうございます、喜んでおもてなしさせて頂きます」
こういう時に真偽のタグって紙一重だよね、今回は『本当』が出てくれたから良かったけど。
受付に行って、サインと前払いを済ませて上階に向かう。基本は二時間制。超過したら一時間ごとに追加料金となり、出る時に後払いだって。
通常は、受付で指名の相手が居たら名前を告げ、特に無ければ奥の部屋に待機している子から直接選ぶ。もしくは適当に好みを告げて、合致する人を受付に選んでもらうとか。まあ、色んな指名方法があるらしい。
今日は知った顔が客引きを担当していて幸いだったな。ついでに今後の利用方法まで教えてもらえてありがたい。次からは一人でも大丈夫そう。そんなに頻繁にお世話になるかどうかは、まだ分からないけども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます