第714話

「ねー、アキラちゃん、私もやってみたい」

 作業台を挟んだ向かい側から、ルーイがぴんと手を挙げて発言してくれる。可愛いね。

「今の発動?」

「うん」

 まだまだルーイには難しいだろうけど、私は躊躇わず頷いた。危険のないチャレンジは幾らでもさせてあげよう。ルーイとカンナが席を交代している間に、また新しい魔法陣の紙を広げる。

「先程とは、違う魔法陣でしょうか」

「おー、カンナ、良く気付いたね。うん、これは風の攻撃魔法」

「新しいのも作ってたんだ……」

 そりゃね。色んな魔法札を作りたいと思っていますので。実は色々とあれから増えているし、進展しているよ。でも発動は急ぎじゃないから、後回しにしていた。今回は残しておいて幸いだったね。

「あれ? そういえば属性ありの魔法陣って……あ、そっか。アキラちゃんの魔力だからいいのか」

「正解~」

 リコットが自分で解決しちゃったが、返事だけはしておく。彼女の言う通り、属性ありの魔法陣はその属性に適性を持つ人じゃないと発動させられない。今回はほとんどが私の魔力だから、属性を持たないカンナの魔力が少し混ざるくらいなら発動できる。というか、出来るように、私が高めの濃度で渡している。

 改めてその辺りを説明し直せば、みんなが納得して頷いた。

「じゃあルーイ、渡すからやってみてね」

「うん」

 小さな手を握り、彼女の方に魔力を寄せる。合図したら、難しい顔をした可愛いルーイが制御を試みた。そして苦戦すること、数分。

「ん~~~むり!!」

「あははは」

 ルーイから漏れる降参の叫び。可愛くて笑った。ナディアまで隠すことなく頬を緩めている。

「魔力が大き過ぎてビクともしない! カンナすごいよ~」

「カンナすごいねぇ」

「……恐縮です」

 照れているらしく、カンナはちょっと俯いちゃった。女の子達とわいわいしている時のカンナは仕草が少し幼くなる時がある。いつもの凛とした姿とはまた違って愛らしい。

「私もやってみていいー?」

「勿論。おいでー」

 次の挑戦者はリコットさんです。対象の魔法陣は発動できなかったので、そのまま。隣に移動してきたらすぐに手を繋ぎ、魔力を渡してあげた。

「う、うう……?」

「ははは。濃度、濃度」

 リコットは基本の魔力量が多いから、動かすことは少し出来ている。しかし制御しきれていない。うなぎを相手にしているみたいに、掴んだ傍から逃げられていた。魔力濃度を高めればガチっと掴めるだろう。でもリコットは眉を寄せ、少しだけ濃度を高めるも――至らないままで、魔力を霧散させてテーブルに突っ伏した。

「惜しかったよ、リコ」

 本当にそう思うから言ったのに、リコットは納得できない顔で首を捻っていた。まあ実際、魔力制御や濃度は、「あと一歩」が非常に難しいものだからね。

「……私もやってみていいかしら」

「ん? いいよ」

 ナディアが言い出した。魔力感知が出来ていないと更に難しいはずだが。まあ、チャレンジなんて何回やっても良いからね。やりたいなら、止める必要は無い。

 そう思ったんだけど。

「嘘!? 発動した!」

 大きな声でリコットが叫ぶ。私はというと、驚いてすぐには声も出なかった。カンナも同様だ。珍しく目を丸めている。

「えぇ? ちょっと待って、流石に変だな」

 しばし固まった後にそう言ってカンナを見やる。彼女も驚いた表情で首を振った。ナディアの魔力感知はまだ働いていない。魔力感知なしで、勘だけで人の魔力――しかも大きな魔力を正しく制御して魔法陣を発動なんて出来っこない。そんなのは目を閉じたままで手紙を数ページ綺麗に書き切るような芸当だ。

 私とカンナが難しい顔をするものだから、ナディアの猫耳が不安そうにぺったんこになっていく。ハッとして笑みを浮かべ、首を振った。

「ごめん、悪いことは何にも無いよ、本当にすごい。ただ、私達の知識内で説明が付かないから、気になっちゃっただけ」

 私の言葉にナディアは軽く頷くも、耳がまだ平たい。

「ナディは『できる』と思ったからやってみたいって言ったんだよね? 何となく魔力が把握できてる?」

「そう、ね。常にではないけれど、時々」

 一部の条件下でだけ、感知が働いているんだろうか。通常とは違う順序で魔力感知を習得しているのかもしれないなぁ。私が考え込んでいると、不意にカンナが「獣人族の……」と小さく呟いた。

「ん?」

「我が国では貴族の獣人族が少なく、彼らの魔法習得の順序を、私はよく知りません。人族とは性質が異なるのかもしれません」

「あー、なるほど」

 確かに、エルフの知恵にある魔法習得もエルフ族のことだし、王宮の本から得た知識も全て人族の魔法に関することだった。

 ウェンカイン王国は人族の興した国であって、貴族位である獣人族は少ない。居たとしても下位貴族である為、高位貴族のカンナとは縁が薄くて当然だし、魔法教育も元が平民出身とあって乏しいのかも。

「ナディアと接して特に思いましたが、やはり五感が人族とはまるで違います。魔力感知は『第六感』とも呼ばれておりますので、我々とはその性質が大きく異なる可能性もあるかと」

 この世界で『第六感』って、魔力感知のことを指すんだな。確かに六つ目の感覚ではある。じゃあ私の世界で言うような第六感は、この世界では第七感になるのかなぁ……。

 という、私特有の違和感はさておき。

 言われてみれば、驚くくらいの嗅覚と聴覚を持つナディアだ。魔力感知が私達と同じ感覚であるというのは思い込みだったね。

「それが事実なら、ナディの成長は私達には読めないねぇ。今回みたいに、『できるかも』って思った時はどんどん挑戦してみて。君のその感覚がきっと一番、正確だよ」

 そう言い含める頃には、ナディアの猫耳もいつもの形に戻っていた。少し安心したみたいだ。良かった。不安にさせたのは私だけどね。

「ただ、魔力でつんつんされた時に気付けるようになったら色々安定するのは同じだと思う。カンナはしばらくその抜き打ちテストしてあげて」

「畏まりました」

「とうとう許可が下りちゃった……」

 リコットの言葉に思わず笑う。確かに、今までカンナがやる度に私は軽く「こら」って言っていた為、明確に許可をしたのはこれが初めてだ。

「私、悲鳴上げそう……」

「ははは」

 ラターシャが怯えて肩を縮めている。可愛い。

「悲鳴が出ても大丈夫なように、家の中だけにしようねぇ」

「そういう問題かなぁ……」

 いやいや。だって往来では周りの人もびっくりするからね? 大事なことだと思います。

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