第713話

 徐に、私の横に椅子を一つ引き寄せる。みんなはじっとその行動を目で追っている。

「カンナ、一度こっちに座ってくれる?」

「はい」

 彼女が移動している間に、私は収納空間から取り出した紙を作業台に広げた。するとそれを見た女の子達が一斉に顔を顰めた。

「以前にも見せた、炎の攻撃魔法。魔法札の中に入れてるやつだね」

「……今見ると、もっと、何て言うか」

 ラターシャの苦しそうな声にちょっと笑ってしまう。自分でもやってみたからこそ、この魔法陣の難しさが一層よく分かってしまって、妙に心にくるらしい。ラターシャは形容しがたい思いに、そこで言葉を止めたんだけど。

「吐きそう……」

 以前は「キモ」と言っていたリコットが更に上位の言葉で表してきた。

「もっと優しい言い方を心掛けて!」

「きらい」

「ルーイさん!」

 みんなして酷いよ! しかし私のリアクションが楽しくて遊んでいただけだったらしく、気が付けば全員に笑われていた。ぬう。

 一つ咳払いをして、話を戻す。カンナが私の命令に応じてじっと傍で待っているんだからね。

「百聞は一見に如かず、……って言うと余計に分からないか。とにかく、やってみれば分かるよ」

 ことわざはこの世界に通じない。口を衝いて出てしまうのは逆に混乱させてしまうから、そろそろ控えねば。さておき、私はカンナの手を取った。

「今から私の魔力を渡すから、足りない分を補いながら、カンナがこの魔法陣を発動してみて」

「私が、ですか」

「制御のコツさえ掴めれば、大丈夫。出来るよ」

 この魔法陣はカンナが発動するには大き過ぎる。平時であれば不可能だ。でも私の魔力を使えば可能になるだろう。カンナが頷いたから、少しずつ魔力を彼女の傍へと集める。魔法陣を発動するには、ほんの少し足りないくらいの量だ。

「どうぞ」

 私の言葉に、カンナは緊張した面持ちで制御を受け取った。そして自らの魔力を追加して、融合させていく。

 基本は指南の時と同じだ。あれもほとんどは『教えられる側』の魔力を使って、制御する為だけに『教える側』が自分の魔力を足して、動かしている。今回はその規模が大きいせいで手間取ってはいたけれど。一分後、魔法陣が輝いた。

「は、発動しました」

「したねぇ。優秀だよ、カンナ」

 他の子達は驚き過ぎて、口を半端に開いた状態で何も言えずに固まっていた。

「という具合にやるんだけどね。これには条件があって。まずは互いの魔力回路を接近させる必要がある。簡単なのはこうして、手を繋ぐこと」

 みんなが驚きを飲み込むのを待たずに説明を進めたら、ハッとした女の子達が居住まいを正した。そういう反応もとっても可愛いよ。

 とにかく、手を繋ぐのは一番楽だし、魔法の為であれば貴族の異性間でも許されるだろう安全な方法だ。

「次に、魔力感知と魔力制御に長けている必要がある。魔力量が多いほど高い能力を求められるよ。カンナでも、この規模が限界だったんじゃないかな?」

「はい……あと少し大きな魔力であれば、制御は出来なかったと思われます」

 カンナは貴族として魔法の教育を『終えて』いる。つまりほぼ完成しているのだ。勿論突き詰めればもっと上を目指せるだろうが、魔術師でもない限りこれ以上を求める必要もない。それくらい、カンナの制御は充分に長けていて、完成していると言っても過言ではない。

 魔力量が多ければ制御が少し粗くても誤魔化せる部分はあるけれど、融合が緩いと全く起動できないからね。力尽くだけじゃ押し切れないはずだ。

「……更に人数を増やした場合は魔力の提供者が増えて、制御は一人なの?」

「ううん。制御も複数人で出来るよ」

 一斉にみんなの表情が困惑の色に変わる。言いたいことは分かるから、つい私の顔から笑みが零れた。

「確かに、一人で制御するほど自由には動かせないよ。引っ張り合いをしちゃったら弱い方が制御を切られることもある。だけどこの魔法陣を越える魔力量になると、優秀なカンナですら操作できないんだ。大きいほど、複数人での制御が必須になる」

「理屈は分かるけど~……」

 リコットが渋い顔で唸った。魔力を人と一緒に制御するなんてこと、想像が付かないみたいだ。

「普段から一緒に練習していれば、そこまで難しくないよ。重い荷物を一緒に運ぶ感じでね」

 息を合わせて「いっせーの」ってやれば、余程、息の合わない人と一緒じゃなければ持ち上げられるはず。それと同じだ。ちなみに二人三脚も例えに浮かんだんだけど、誰にも伝わらないだろうから、言うのはやめた。

 宮廷魔術師らが救世主召喚の魔法陣を展開する時にも、そうして複数人での制御が採用されていると思われる。いくら宮廷魔術師でも、カンナと比べて桁違いの魔力制御が出来るとは思わないからね。

「それって私達でも、全員で練習したら大きな魔法陣を発動できるようになるの?」

 ラターシャが問い掛けてくる。特に他意は無いと思うんだけど、彼女の口から自然と零れた『私達』の中に私が含まれていないのが寂しいです。他意は無いと思うんだけどね。実際、私なら大体の魔法陣は一人で発動できる為、除外は妥当なんだよな。

「無属性なら、出来ると思うよ。全員が魔力感知できるようになって、沢山練習すればね」

「魔力感知……私はいつかなぁ」

 項垂れながら、ラターシャが呟く。その頭をカンナが魔力でつんつんしているが、気付く様子は無い。いつだろうねぇ。でも自然と身に付くものだから、今までの成長を見る限りはラターシャもそんなに遠い未来じゃないはずだ。

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