第712話

 なんやかんやで夕食を作り終え、揃ってテーブルに着く。

 すると食事開始から間もなく。普段は大人しいカンナが食事もそこそこに、私の方を向いた。視線に気付いて私も顔を上げる。

「アキラ様、後程、魔法陣について少し質問をさせて頂いてよろしいでしょうか」

「うん、いいよ」

「ありがとうございます」

 質問があったのか。いつ聞いても良かったのに、調理中とかは手を止めさせるかもと思って、話し掛けることすら控えてくれていたんだな。

「口頭でも説明できるなら、今でも良いよ」

 私の食事を邪魔できないと思うから、後でいいって言ったのかもしれない――と思って提案したら、既にカンナはごはんを口に入れて、咀嚼中でした。「ごめん、ゆっくりで」と言うと同時にナディアから「あなたもせっかちね」と苦言を頂く。そうですね。本当にごめんなさい。時々食後まで待てず前のめりになるみんなを揶揄からかう資格は無かった。

 そんな会話を挟んでいる間に咀嚼を終えたカンナが「いえ」と言う。

「魔法陣の発動魔力を、複数人で籠めることも可能であると聞いた記憶があるのですが」

 私が言ったような気もするし、口にせず思考しただけのような気もする。まあいいや、カンナは私か他の誰かから聞いたことがあるんだな。

「お借りした本には、そのような方法では魔力の繋ぎ目が綻びやすく、発動はほぼ不可能とありました。その、実際はどちらなのでしょうか」

「ふむ」

 頷きながら、説明すべき内容を頭でまとめる。その間、ずっと私を見つめているカンナを見て、一旦思考を止めた。

「食べながらでいいよ、カンナ」

 説明が終わるまで手を止めそうだったので、食事を促す。カンナはちょっと申し訳なさそうにしつつも、指示に従って「失礼いたします」と言葉を挟み、フォークを動かした。

「結論から言えば、複数人で一つの魔法陣を作ることは、可能だよ。救世主召喚の魔法陣なんかは、そうやって作られているはずだからね」

 あんなクソデカイ魔法陣、この国の魔術師が一人で作るのは不可能だ。そんなことが出来る人が居るなら、救世主なんか呼んでないで自分達で戦ってほしい。

「以前、天然の魔法石を複数使って一つの魔法陣を作るのが難しいって話をしたのは、覚えてるかな?」

 私の問い掛けに、女の子達が手を止めて顔を見合わせている。

「王様達に話してたって言う……ええと」

「自分の魔力じゃないから、制御が難しくて繋ぎ目がズレるという話だったわよね。カンナが言った本の話は、こちらかしら」

 リコットが詳細を思い出せずに首を捻ったタイミングで、ナディアが補足する。姉妹の連係プレーが可愛い。何にせよナディアはいつも察しが良くてありがたいね。私は「正解」と頷く。

「例えば、私が半端に魔力を籠めた魔法陣を『じゃあ次の人宜しくね~』って渡すやり方だと魔法石の話と似た結果で、繋ぎ目が歪になって発動できない。複数人で発動するって言うのは、そういうやり方じゃないんだ」

 言いながら、私は大きく切り分けたチキンを口に放り込む。咀嚼する時間を使って少し説明を頭の中でまとめてみたのだけど。

「うーん……ちょっと説明が難しいや。やっぱり後にしよっか。ごめん」

 自分から説明を急いたものの、無理でした。肩を竦める私に、カンナは「いつでも問題ありません」と言ってくれたけど。他の子達は苦笑していた。だけど説明が半端になるよりはね、良いと思うんです。さあ、みんなごはんを食べましょう。素知らぬ顔でもりもりと食事を進めたら、ちょっと笑われつつも、これ以上は誰にも何も言われなかった。

 それからしっかり夕食を済ませ、みんなでお片付けも済ませる。普段ならソファでしばしの団欒となるところだが、私はソファに寄らずに工作部屋へと向かった。

「カンナ、こっちにおいで。説明するよ」

「はい」

「あー、私らも聞きたい~」

 リコットがそう言って立ち上がると、他の子らもわらわらと寄ってきた。カンナだけで良いのかと思っていたが、みんな勉強家だなぁ。結果、全員で工作部屋に集合です。

 黒板があると説明しやすいんだけど、持っていない。その内作ろうかな。似たようなものを見たことがあるので、この世界でも存在はしているはず。とりあえず今は大きな紙を壁に張って、仮の黒板にします。

「さっき話した、魔術師が順番に魔力を入れるような方法はねぇ」

 紙に大きな円を一つ書いて、これを魔法陣に見立てる。そしてその内の半分を斜線で色付けた。

「半分だけ魔力を入れたから、あと半分を宜しくねってしたとする」

 空白の部分を指差してみんなを振り返る。全員が一斉に頷いた。可愛い。今持つべき感想じゃないね。

「次の人がどれだけ頑張ってピッタリくっ付けて入れたとしても、魔力の切れ目はやっぱり切れ目なんだ。この点は、魔法石の件とは少し違うね」

 魔法石の場合は、難しすぎる制御を熟してピッタリとくっ付けることが出来るなら、発動できる可能性もゼロではない。だけど、人の魔力は違う。私は残った空白部分を、射線じゃなくて縦線で塗りつぶした。するとリコットがハッとした顔をする。

「違う魔力だから、『性質の違い』でズレが生じちゃう、ってこと?」

「その通り」

 大正解のリコットに向かって大きく頷く。天然の魔法石と違い、個々人の魔力の質の差は大きい。そして濃度の差も関係してくる。性質なんてどうしようもないし、濃度だってピッタリ揃えるのは至難の業だ。この無茶を通せるのは同じ血を媒介にして魔法陣を発動するエルフの……これはまあいいか。

「だからね、複数人で魔法陣を発動させるのには、『魔力の融合』が必須なんだ」

「融合……同じ性質を持つ、一つの大きな魔力にしなければならないのね」

 ナディアが呟いた。そうです。みんな賢いねぇ。私が肯定すると、他の子らも各々、納得の声を漏らす。理解できたみたい。

「他の子らも、此処までは分かったかな?」

 揃って頷く様子がやっぱり可愛いねぇ。女の子達に教える時間ってこれが楽しいんだよな。だから少しも面倒にはならない。

「それで、融合の方法だけど。これは一度みんな体験してるはずだね。生活魔法の『指南』と同じ要領だ」

「……あ」

「あれかー!」

 カンナが小さく声を漏らした隣で、リコットが掻き消す勢いで声を上げた。カンナは気恥ずかしそうに口元を押さえている。『思わず』声を漏らしたことはこの子にとって恥ずかしいことらしい。リコットが掻き消したので、聞かなかったことにしようね。

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