第709話
自らの手を見下ろしたままで動かないリコットは、多分、イメージを固めようと頑張っている。
「ちょっとだけ自分で考えてみる? 分からないと思ったら改めて、相談しながら進めよう。多分『イメージ』が一番、難しいよ」
「うん……もうちょっと、考える」
「オッケー、じゃあ一旦、土属性は飛ばして、火の方ね。ナディは見たこともあるんだろうけど」
組織の奴らが火属性の攻撃魔法は扱っていたからね。ただ、自分が扱う為に観察したわけじゃないんだし、手本としての披露は絶対に必要だ。
まずは事前準備として、紙をしっかりと水に濡らしてから桶の中に掛ける。
「行くよ」
ちらりとナディアを見れば、彼女は真剣な眼差しで頷いた。尻尾が縮こまっているからちょっと怖いんだろう。それを払拭させる為にも、丁寧な魔法を見せてあげないとね。
指先に生み出した数ミリサイズの火――圧縮された炎の欠片を、飛ばして紙にぶつける。紙に巻き付くように炎が広がり、水は蒸発し、紙は燃え尽きた。
「此処まで綺麗に焼き尽くすのは難しいかもしれないけど、少しでも燃え上がれば、攻撃性がある状態だよ」
軽く頷くようにナディアが頭を動かした。返事が無いのは、既に魔力のイメージの方に集中しているせいであるようだ。この集中力が、魔法技術がぐんぐん伸びる一因だよな。
再びリコットの方を窺ってみるも、こちらもまだ考え込んでいる。ふむ。話し掛けても相手をされなさそうだ。私は早々に諦めた。
「お姉ちゃん達が集中してるから、ラタとルーイを見ようかな。ルーイおいで」
「うん」
以前は直径二センチくらいの水の玉だけを動かしていたものの、今回確認したら、コップの幅いっぱいの水の玉をゴボッと引っこ抜いていた。
「おお~すごい。成長したねぇ」
「全部動かせる気がするんだけど、いざやろうとしたら重たくって動かない……」
「なるほど」
コップの底に残る三分の一を悔しそうに見つめているルーイが可愛い。
「もっと魔力を練って、濃度を高めたら楽に動かせるようになるよ。そうしたらコップの水は丸ごと持ち上げられるだろうし、こういう、遊びも出来る」
私はその三分の一だけ残ったコップから引っ張り出した水をひも状にして、空中にハートマークを描いてみたり、星マークを描いてみたりした。ルーイが頬を上気させて「わあ」と声を弾ませる。
「これくらい自在にできるようになってきたら、攻撃魔法も入りやすいと思うよ」
「分かった。頑張ってみる!」
抱き締めてちゅーしてやろうかと思うくらい可愛かったけど。お姉ちゃん達の攻撃魔法の最初のターゲットにされては堪らないので、頭を撫でるだけで我慢した。
さて。次はラターシャ。
私が最初に課題にした木片も、今はもう操作できるらしい。あまりもたつくこともなく、浮かせていた。
「ただ、左右に振ったりするのは、ちょっと……」
そう言いながらラターシャが木片を左右に、肩幅くらいの横移動をさせていたが、途中から速度が落ち、ぐらついて、木片が落下してしまう。小さく「あぁ……」と呟いてラターシャは落胆しているけれど。私は賞賛の拍手を送った。
「それ、すごく良い練習方法だと思う。小さい木片を機敏に動かすことで、どんどん精度は上がるはずだよ。逆に大きいものならもっと楽に、細かい動きもできるんじゃない?」
自分で考えた練習方法らしい。素晴らしい発想だなぁ。いっぱい撫でようと思って手を伸ばしたら、何故か触れる前に拒まれた。どうして……せめてひと撫で……。残念な思いで見つめるも、ラターシャは改めて首を振って拒む。はい。ごめんなさい。私が手を戻したら、ラターシャが収納空間から一冊の本を取り出した。A5サイズの絵本だ。
「この本が、一番動かしやすくて……木片の練習で落ち込むとこうやって遊んでる」
そう言ってラターシャは絵本を魔法で浮かせ、くるくると回転させるなどして自在に動かしてみせた。
「すごく上手だね! そうやって、自分の楽しいことと、難しいことを代わりばんこでやってモチベーションを保つことも大事だ。本当に上手な練習をしてると思うよ」
うちの子は天才だね! 今度は断られる前に素早く手を伸ばしていっぱい撫でた。強めに振り払われた。悲しい。ラターシャは顰めっ面をしているが、隣のルーイは顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「練習方法はそのままで良いと思う。繰り返して、精度をあげてね。最終目標は、これかなぁ」
教えるところまで
「うわ……」
ラターシャはこの繊細な制御の難しさが今ならよく分かるようで、やや引いていた。さっきのルーイの反応とは大違い。ひどいや。
「今の練習を繰り返していたら、きっとすぐ出来るようになる。頑張ってみて」
「うん、ありがとう。頑張る」
二人共、熱心で可愛いな。改めて撫でたいが。手を少し動かしただけで身を引かれた為、諦めた。そんなに嫌がらなくてもいいのになぁ。
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