第708話

 既に見付けていたエルフの模様は今回の魔法陣には入っていなくて、一瞬、私も見付からないと感じたが。細かく模様を分解して、ようやく『本来なら必要の無い線』が見えてきた。

「アキラ様、お茶をお持ち致しました」

「うん」

 部屋にカンナが入り込み、私の集中に障らない動作でお茶を並べてくれる。

「カンナ、そこに居て」

「畏まりました」

 彼女が少し身を引いたところで呼び止める。特に用事は無い。でも解読した内容で気分が悪くなったら嫌だから癒しの確保だ。

 三十分ほど掛け、読み取れた模様は五つあった。他には無いと思う。というか「他には無い」の判断に一番、時間が掛かったんだよな。

 さておき、見付けた模様の意味は『呪い』『制限』『長』『生贄』『階段』。……これを文章にするのは難しいな。

「『長』は、マディス王国で言えば『女王』のことかな。生贄……が誰なのかを判断するのは、うーん、難しいか」

 一瞬『女王を生贄にする』または『された』ってことかと思ったが。単語だけでは断定できない。エルフの模様は言語じゃないから、主語や目的語を判断しようがない。手紙としては役立たずもいいとこだ。魔族にばれないように此方に送るものとして、苦渋の策で選ばれたものだろうから、仕方ないけど。

「一番分からないのは『階段』だな。うーん……」

 別の模様を読み違えているのかと思って何度も見直したけど、階段、なんだよなぁ。

 まあいいや。一旦、王様達に託そう。模様の解読以上のことは、依頼されていないからね。軽く頭を振った後、内容を紙にまとめて、王様の方へと送り付けた。

「とりあえず、おしまいかな~」

「新しいものをお持ちします」

「ううん、これでいいよ」

 折角カンナが美味しいお茶を出してくれたのに、手を付けないままで少し冷めてしまった。ごめんね。でもカンナのお茶はちょっと冷めても最高に美味しいよ。

「ナディア達には報告いたしますか」

「んー」

 私がぶつくさ言いながら読み取っていたから、傍に控えていたカンナには、含められていた模様の意味が全て伝わっている。それを、ナディア達にまで伝えるかどうか。

「まあ、知りたがるようなら、話して構わないよ」

「畏まりました」

 まだ何の答えもない断片的な情報を、わざわざ伝えて回る必要があると私は思ってない。でも隠すほどのことでもない。つまりどっちでもいいってこと。

「開けて。移動する」

「はい」

 カップとソーサーを自分で持って部屋を出た。お菓子を置いてきてしまったが、その辺はまたカンナが持ってきてくれるだろう。思った通り、私がソファに座り直す頃にはカンナが工作部屋からお菓子を持って出てきた。

「明日は空きそうだから、攻撃魔法の講座やろうねぇ」

 まだ呼び出されないことはハッキリしたからね。みんなは私の言葉に頷いた後、カンナをちらりと見た。気にしてるねぇ。

「大きく状況が変わるような情報は無いよ。気になるなら教えるけど。カンナが」

「カンナがね」

 鋭いツッコミにも私は笑みを浮かべてお茶を傾けるだけだ。ナディアが小さく溜息を一つ。

「……いえ、いいわ。私達があれこれと憶測を持っても、意味は無いから。状況が変わるようなら、改めて教えて」

「うん、分かった」

 カンナも了承するように頷いていた。リコット達は少しまだ気になっていたようだけど、ナディアの言い方に『知らない方がいい』という意味が含まれていたからだろう。それ以上を求める様子も無かった。


 そして平和に迎えた翌日の朝。

「魔法の勉強会!」

「おはよう、リコ。朝ごはんが先だねぇ」

 起き抜け早々、寝室から出るなりそう叫んだリコットに笑った。わくわくが抑え切れていない。

「あと、リコ。魔力残量を測っておいで」

「えぇ……もしかして回復してない……?」

 いや、ちゃんと回復はしてる。百パーセントとは言わないが、充分に。

 それでも、魔法を使う前にちゃんと自分で確認する癖を付けてほしいんだよ。丁寧に言ったら、リコットは口を尖らせながら、残量を確認する魔道具の方に歩いて行った。可愛い。

「九十二!」

「よろしい。朝食後にやろうね」

 ちゃんと確認してくれた。偉いねぇ。後から起きてきたナディアも身支度を終えたらその魔道具を触っていた。聞こえていたらしい。言われる前に出来て偉い。

 あんまりにも前のめりだから焦って早食いでもしちゃうかと思ったが、ローストビーフと特製ソースのサンドイッチがお気に召したらしく、ゆっくり食べてくれて安心です。

 それにカンナのお茶も女の子達は朝食後に一回きりだからね、貴重なお茶をゆっくりと味わってくれている。

「さあ。始めよっかー」

 私の声で女の子達の目が輝く瞬間って、何度味わっても堪らない気持ちになります。しかし此処で浸って先延ばしにしたら即座に嫌われそうなので、後で思い出して浸ることにする。

「ラタとルーイの確認はちょっと後でね」

「うん」

 子供達は待ってもらうことになるものの、きらきらの目はくすまない。観る側だとしても攻撃魔法の講座そのものが楽しみなんだと思う。

「攻撃魔法を発動するにはまず、高い濃度の魔力が必要になる。合わせて、攻撃魔法としてのイメージをしっかり魔力の中に練り込む必要がある」

 魔法を学ぶ過程で『指南役』が必要になるのはこういう『イメージ』が重要だからだろう。

「私が手本を見せるから、自分のイメージとして取り込むんだよ。風から見せるね」

 桶に手を突っ込んでやってしまうと魔法が良く見えないだろうから、今回だけ例外として結界を解いた状態で、二歩ほど離れた位置から魔法を飛ばし、桶の中にぶら下げた紙を貫いた。

「矢みたいに対象を貫く方法と、刃みたいに切り裂く方法とある。今のは前者だね。こっちの方が小さな魔力で済む。刃の方は、こう」

 穴が開いたままの紙をパスっと切り裂いた。リコットの場合はすぐに両方できちゃうかもしれないからね。そう思ったんだけど、本人の表情は険しかった。

「難しいな……」

 今の手本を見ただけで即座にそう思えるのも、センスの良さだ。具体的な手順とイメージの構築が大体もう理解できている。私にはそう感じられる為、満足な顔で頷いていたんだけど。リコットは眉を顰めたままで首を捻っていた。

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