第704話
ちなみにこの世界、ボールペンのようなものは存在しないものの、鉛筆がある。歩きながらメモを取らなきゃいけないような人はこれを使っているようだ。長持ちしないから、正式な文章はインクを浸して使う、つけペンが主流かな。
さておき。カンナの完璧なメモにちょっと落ち込み気味な他の子達に微笑む。
「今回は相手が私なんだから、いつでも、何度でも聞いてくれていいからね」
そもそもが、難しい内容だ。一発で完璧に理解すべきというものじゃない。それに理解できていなくても魔法陣は発動できる。自分で作りたいって思ったり、気になったりしたらその都度、掘り下げていくのが良いんじゃないかな。
「理論はこれくらい。さあ、みんな好きなやつ、やって良いよ」
後はもう、手本通りに書いて、魔力を籠めたらいいだけだ。なのにみんなは急に手を放されたみたいな心細い顔で私を見上げてくる。可愛いな。一人ずつ抱き締めたい。思い思いに振り払われるだけだと知っているからやりませんが。
「間違えたら最初から書き直しだっけ」
「そうだよ~」
「えー緊張する」
私の開発した魔法札と違って、普通の魔法陣はやり直しが利かないからねぇ。私はみんなが気兼ねなく挑戦できるよう、白紙の紙を沢山積んだ。みんながきゅっと眉を寄せて真剣な顔になった。可愛いねぇ。
さて。みんなが頑張っている横で、私は新しい工作をします。
普段から利用している桶よりちょっと深いやつを作りたい。材料を用意する。ちらりとリコットから視線が来たけれど彫刻板じゃないから、すぐに自分の手元に戻していた。鋭くて厳しい監視員である。
「アキラちゃんはいつも簡単にやってたけど、描くこと自体が難しいって痛感してる……」
「分かる」
ラターシャとリコットが徐に呟く言葉に笑ってしまう。
「線を引きながら魔力を籠めるのだから、考えてみれば当然よね。手間だけど、描いてから籠め直す方が良いかしら……」
「でもそれがズレちゃったら、また描き直しだよね」
「……そうね」
ふむ。みんな苦戦しているようだ。それぞれ既に二枚以上のやり直しに入っていた。
「線を描いちゃった後に、竹串みたいな細い棒で線をなぞりながら籠めれば、ちょっと楽になるかな?」
「それいい! 取ってくる!」
リコットが素早く立ち上がり、台所に竹串を取りに行った。可愛い。
咄嗟の思い付きではあったが女の子達にはちょうどいいやり方だったらしく、竹串が置かれた後の女の子達はめちゃくちゃ静かになった。順調に進んでいるらしい。笑ったらうるさいって怒られそう。
「アキラ様」
「はーい」
静かな部屋で、最初に声を発したのはカンナだった。
「ご確認をお願い致します」
「おっ、いいねぇ。……うん、正しい効果になってるよ」
カンナが最初に一枚目を書き上げたらしい。流石です。おかしな機能になっていないことを確認し、カンナに紙を返した。想定外の魔法陣の発動は危険だ。その為みんなには、魔法陣は発動前に必ず私に見せるよう言い含めてある。
「あっ」
その時、ラターシャが声を上げてみんなが振り返る。
「焦って失敗しちゃった……」
「はは」
カンナがもう出来たってことで気が急いちゃったんだね。ラターシャらしいね。この子はよく慌てちゃう。そういうところも可愛い。
「発動用の魔力は、どの辺りに籠めればよいのでしょうか」
「魔法陣の中なら何処でも大丈夫だよ。全部の線が繋がっているから、伝って全体に行き渡る仕組みなんだ」
私の説明にカンナは丁寧に礼を言い、魔力を籠め始める。
「発動いたしました」
「おおー、本当に収納空間できない。……え? これってどうするの?」
カンナが選んだのは、収納空間の封印の魔法陣だった。何故これをやりたかったのかは分からないけど……まあ本人がやりたいならね。最終的には全部やるだろうし。
「封印箱を用意してあるよ」
木箱を机の上に置いた。普通の魔法陣や魔道具は収納空間に入れてしまえば無効化できるけど、この魔法陣はその収納空間を封じちゃうからね。専用の封印木箱だ。
専用だから、この木箱に他の魔法陣を入れても、封じることはできない。そんな強力な全てを無効化する便利なものは存在しない。やるなら魔力封印になるが、その場合は魔力量の上限がネックになる。ちなみに収納空間は誰にでも使えるレベル1の弱い魔法だから、封じるのもそんなに難しくはなかった。
カンナが箱の中に魔法陣を入れると、ちゃんと収納空間が使用可能になる。
「アキラちゃんもこれは破れないの?」
「いや、破れるよ。魔法陣を潰せばいいだけだし」
「あ~……」
収納空間を禁止されているだけで、魔力が封じられてるわけじゃないのでね。
「でも収納空間は本当に使えない。それはちゃんと効いてる」
魔法の種類にもよるが、封じる術全てを私が対抗できるわけじゃない。魔力封印も、上限まではちゃんと封じられている。
「種類によっては焼き切れるものもあるけど、収納空間の封印は無理だねぇ」
「魔力量や威力に依存しない魔法は、焼き切れないのね」
「その通り」
収納空間を開くのに必要な魔力量っていうのは固定で、私だからと言って大きな魔力は必要ないし、大きな魔力で使ったからって、不要分は霧散するだけだ。
「だから例えば、『火の生成』を封印するものなら、焼き切れちゃうね」
「アキラちゃんが作る火だと、規格外だからかぁ」
肯定を示して頷く。なんか発動時に引っ掛かりがあったような気がするなーって程度で焼き切っちゃうと思う。
「ちなみに他の魔法陣は、どうやって効果を切るの?」
いざ発動する局面になって色々と気になってきちゃったみたい。愛らしさに顔を緩めながら、ちゃんと説明してあげる。さっきの理論より先に説明しておくべきだったなとも思う。
「強度強化は、それを上回って物体が破壊されるまで。あと二つは特に無いな。収納空間に入れたら止まるよ」
アラーム機能も、毎日同じ時間に鳴っちゃう。音自体は一分で止まるけどね。それぞれの停止方法を確認したら安心したのか、再びみんなは静かに紙へと向かった。私も手元の工作に戻りましょう。
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