第703話

 とにかく今回はその四つが候補。また思い付いたら追加して教えてあげる。それを積み重ねていけばきっとその内、自分で模様を組み合わせて新しいものを組めるようにもなる。

 と思うんだけど。私の説明に、みんなはちょっと渋い顔をした。

「あなたほど頭が良くないから……そこまでの自信はないけれど」

「みんな賢いと思うし、特にナディが賢いと思うけどねぇ」

 ちらりとカンナを見て意見を求めると、彼女は無言で頷いて肯定してくれた。でもナディアは眉を寄せている。うちの子達は褒められた時に手放しで喜ばない子が多いねぇ。謙虚で控え目だ。私とは大違い。

「ご飯が終わったら、ゆっくり一つずつ説明するからね」

 プチ講座をしてしまったが。本番は食後である。さあみんなフォークを動かしなさい。私もまだ沢山食べますよ。

 三十分後。

「最初に正解から教えます~。これが四つの魔法陣」

 工作部屋に集合した私達は、大きな作業机を囲んでいた。私だけが立ち上がってうろちょろしながら、女の子達一人一人に魔法陣を描いた紙を手渡す。

「前にも話したけど、魔法陣を発動するには、この図柄の全ての線に『魔力を籠めながら』書く。それが完成したら、術を発動する為の魔力を改めて籠める」

「籠めるだけで発動するの?」

「うーん、厳密には違うね。みんなも今は感覚が分かると思うけど、魔法を発動する瞬間って、ちょっとオリャッてするでしょ?」

「説明の仕方はともかく、まあ、言いたいことは分かるわ」

 ナディアが呆れた顔で頷いた。なんでだ。分かりやすい説明だっただろう。ルーイがくすくすと笑っている。心外だ。小さく咳払いをしてから続けた。

「魔法の発動には何かしらトリガーが必要。というか、『これをトリガーにします』っていう、術の設定が必要なんだ」

 みんなが少し首を傾けた。またしても何か説明を失敗しただろうか。不安になったところで再びナディアが口を開く。

「私達が普段、魔法を発動する時は……無意識と言うか、自動でそれが設定されているの?」

「うん、そういう感じ」

 良かった。伝わっている。

 例えば手を動かす時、「何処の筋肉をどう動かして所定の位置まで手を移動させるか」とか、いちいち考えては行わない。そういうのと同じで、魔法発動のトリガー設定は脳が上手いこと処理してくれているから、特に意識は必要ない。

「だけど魔法陣は、そういうのをいちいち設定しないと、勝手にはしてくれない」

「じゃあこの魔法陣には、設定が入ってるの?」

「その通り。『必要分の魔力が充填されたら発動する』って設定をした魔法陣だよ」

 主目的の機能以外に入っている設定はそれと、模様維持かな。

「どっちの設定も魔法陣への入れ方は色々あるんだけどね。今回は二種類の入れ方を説明するね」

 四つの魔法陣の内、二つずつ同じ模様で入れている。他の模様と合わせる為に模様を調整したり、別の模様と相互作用させることで全く違う模様でも機能させたり、色んな方法があることも説明する。

 この辺りはかなり詳しく魔法陣を理解してからじゃないと自力では難しいんじゃないかな。今は基本的な形を覚えるだけで良いと思う。応用は、基礎を重ねて行けば、賢いみんなならきっと自然とできるようになるからね。

「次はそれぞれの模様の部分ね」

 まずは一つ一つの模様を分解し、何処がどういう意味を持っているかを丁寧に説明する。それから、他の模様と影響し合ったことで変化する部分を取り上げた。

 実際は、言われた模様をそのまま書き、魔力を籠めさえすれば魔法陣は発動する。理論を知っている必要はない。だけどみんなは私の説明を熱心に聞き、時にはメモを取ったり質問をしたりして学んでくれていた。なんて真面目で偉い生徒達なんだ。素晴らしいな。

 カンナを除けば、学ぶ機会もろくに与えられずに抑圧されてきた子達だから。知識欲があるんだと思う。みんなよく本を読むのがそのせいだろう。今までは、読みたい本を読むことすら出来なかったんだ。

「強度強化は、魔法陣を描いたものが強化されるのよね。この場合は、この紙になるのかしら」

「そう。破れなくなると思う」

 例え水に濡れても破れない最強の紙の完成だ。何処で使えるかはさっぱり分からないが。

「保護魔法とは違うの?」

「いい質問だね。残念ながら、強度強化は保護魔法の代わりにはならない。というのも、単純に破れなくなるだけで、風化や劣化の現象そのものを止めてくれるわけじゃないんだ。何より、インクに作用しないのが痛いね」

「あー、そっか」

 ほんのちょっと劣化を遅らせることには繋がるかもしれないけど、保護したいのが紙そのものでもない限り、あんまり意味はないね。

 私の説明に「なるほど」と女の子達が頷く様が可愛くてニコニコする。

「うわ~……こういうので実力差を感じる」

「なに?」

 不意にリコットが、何だか落ち込んだような声を出す。一斉に首を傾けたら、リコットは眉を八の字にしながら、隣に座っていたカンナの方を見た。

「カンナ、そのメモ見せてもらっても良い?」

「はい、どうぞ」

 急に水を向けられたカンナは不思議そうにしながらも、願いに応じて手元のメモをリコットへ渡している。

「ちょっと見て~全てが綺麗すぎてヤバイ」

 全員が、覗き込むと同時に思い思いに感嘆の声を上げた。

 カンナは字もめちゃくちゃ綺麗だけど、メモの取り方、まとめ方も綺麗だね。後から見返して分からなくなることは絶対に無いだろうと一目で分かる。ようやく何故これを求められたのかを知ったカンナが、目尻を微かに下げた。

「教育と経験の賜物ですが、メモと言うなら此方です」

 カンナはそう言って、もう一枚、紙を差し出してきた。そちらは確かに『メモ書き』という表現がピッタリなくらい、単語だけだったり、箇条書きだったり。でもやっぱり字は綺麗だし、ぐちゃぐちゃって感じはしないな。

「聞き落とさぬように、大事な単語を書き留めています。同時に頭の中で内容を整理しまして……」

「急に私じゃ無理な話になった」

「はは」

 侍女をしていた頃は、メモを取るのも歩きながらだったり、一度きりしか説明されなかったりというのが日常茶飯事だったらしい。

 侍女同士なら同じ立場だから気遣い合えるものだろうが、常に指示を出す側の者は、そうとは限らない。忙しい文官さんや、偉そうな貴族のオッサン達は嫌がらせのように早口で指示を出してくることもあるのだろう。

 そんな日々の中で、素早く、指示を零すことが無いようにメモを取る術を培ってきたってことなんだな。苦労の末に得た技術だね。

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