第702話

 二度寝という体だったはずなのにやけにぐっすり眠ってしまった私は、目を覚ました時、何だか混乱した。

 朝なのか昼なのかも一瞬分からなくて、何時だろうと思って目を瞬きながら時計を探して頭を動かす。すると先に、ベッドに頬杖を付いて私を見ているルーイと目が合った。

「え、あれ? ごめん」

 私の両腕がルーイの身体にしっかりと回っていることに気付き、ハッとして緩める。だけどルーイは「うん?」と不思議そうに首を傾けて、離れた腕に目を向けていた。

「いや、私が捕まえてたせいで出られなかったのかなって」

「あはは。違うよ、そんなに強くぎゅってされてなかったよ」

「そ、そっか。良かった……」

 ほっとしてそう呟くも、ならば今の状況は何なのだろうと首を傾げる。ルーイの表情からは眠気がまるで感じられない。

「ルーイ、なにしてたの?」

「アキラちゃんの観察」

「観察……」

 確かに観察されているかのような姿勢で此方を見つめておられましたが。見ていて楽しい寝方でもしていたかな。

「一緒に眠ったことも無いし、アキラちゃん早起きだから、こうして寝顔を近くで見るのあんまり無いなって。寝込んでる時以外」

「なるほど……?」

 物珍しいから、何もなくても楽しかったってことかな。うーん。説明されてもよく分からない。首を捻る私を気にすることなく、ルーイはこの話をそこで終えてしまった。

「よく眠れた?」

「ああ、うん。むしろ深く眠り過ぎて今が何時か全く分からない……お昼はもう過ぎた?」

 そう言うとルーイは可笑しそうに目を細めてから、彼女の後ろ側にある時計を振り返る。

「まだだよ。十一時を過ぎたところ」

 今から起きたら、お昼の準備も含めて丁度良さそうだね。っていうか、午前中を丸々使って二度寝をしたってことだな。めちゃくちゃ眠ってしまった。ルーイの指摘通り、私は疲れていたんだなぁ。

「ルーイ、一緒に居てくれてありがとね」

 私の言葉にルーイはきょとんと目を丸めてから、花開くようにふっと表情を綻ばせた。

「どういたしまして」

 天使が存在するならやっぱりこの子のような存在だろう。頭を撫でられるくらい近くに居るなんて幸せなことだ。ぎゅっと抱き締めたら、腕の中で笑ってくれるのも愛しい。

「二回目のおはよ~」

「あはは、起きてきた。良く寝てたねぇ」

「そうみたい」

 しばらくルーイと戯れてからようやく寝室を出れば、何だか微笑ましい目でみんなに見られました。カンナがすぐに目覚めのお茶を淹れてくれる。寝起きに飲むのに丁度いいやつ。この前に淹れてもらって気に入ってしまったのでしばらく寝起きはこれにしてもらうのだ。

「午後は、あー、みんなが家に居るならアレやろうかぁ」

「どれー?」

 何の前後も無い「アレ」が示すものをみんなが分かるわけもなく。即座にリコットに笑いながら指摘された。私も笑った。

「魔法陣のお勉強会」

「えっ、やったー」

「そういえば、考えてくれていたわね」

 みんなが各々嬉しそうにした為、決定です。昼食後にやろう。そんなことを話しながら、みんなで昼食準備を開始した。

 調理中はいつも通り他愛のない雑談だけだったのに、調理を終えて全員が席に着いたところで少しリコットがテーブルに身を乗り出した。

「どんな効果の魔法陣?」

 待ちきれない様子だ。食べ終えたらやるのに。可愛い。

「幾つか候補があるよ。やりたいものをやってもらおうと思って」

「おおー」

「私、決められないかも……」

「あはは」

 ラターシャが変な憂鬱を抱えている。絵柄は全部紙に書いてあるから、今日すぐ出来なくても、ゆっくり全部やってもいいんだよ。そう言ったらちょっと表情が明るくなっていた。

「口頭で簡単に説明は、難しいのかしら」

「みんな待ちきれないねぇ」

 食べ終えたらやるんだってば。ナディアまで掘り下げてくるのが可愛くて声を出して笑ってしまった。ちょっとムッとした顔になっちゃった。ばかにしてるわけじゃないんだけど、これ以上笑うと本気で怒らせてしまいそうだ。咳払いで誤魔化した。

「一つ目は、照明魔法の応用。これくらいの小さい光が、魔法陣からぽこぽこ浮かび上がってくる。見てて楽しくて綺麗なだけの魔法陣。これが一番簡単かな」

 親指と人差し指で輪っかを作り、『これくらい』のサイズ感を教える。直径五センチ前後かな。魔法陣から二十センチほど浮かんだら消える。本当に何の意味も無い、見た目だけの魔法陣だが。思ったより女の子達からの反応は良く、「何個くらい?」「魔力量によるの?」「時間は決まってるの?」と口々に質問が飛んできて一部は重なって聞き取れなかった。君達の可愛さはすぐに渋滞するね。

「詳しいことは後でね」

「……そうだよね、ごめん、つい」

「ううん。可愛いから大丈夫」

 みんなは良い子だからこれでもう質問をしなくなったんだけど。可愛いから私はサービスしちゃう。昼食を食べ進めつつ、他の魔法陣も概要だけは話すことにした。

「他には、指定した時間に音が鳴る魔法陣」

 つまりアラームですね。この世界にも時計はあるから、目覚まし機能がある置時計も存在している。

 ただ私達はほとんど使わない。私とルーイがまず早起きだし、ラターシャも割と朝に強い方だ。放っておいても誰かが起きる。時間が決まっている時だけ、目覚ましを使う。

「音じゃなくて光にも出来るよ」

「時間になったら、光る?」

「そうそう」

 音だと周りに迷惑が掛かるな~と思う時には、自分だけが眩しいって思う位置に光が出るとかね。これは割と有用かな。

「あとは、物体の強度強化。ガロにあげた魔道具に付けたやつだね」

「あ、それいい」

 使い勝手がいいよね。お皿とか、壊れてほしくないものに使える。ネックはただ一つ、強化対象そのものに魔法陣を描かなければならないこと。裏の模様まで綺麗なお皿だと、何処に描こうかなってなっちゃうね。まあ今は良いか。

「最後の一つが、収納空間の封印。お店とかで使ってるやつだね」

 これが多分、一番難しいかな。模様が複雑なのもそうだけど、その分、籠めるべき魔力量が多い。

「……私達が使うかな?」

「さあ。でもお店なら何処でも使ってる。市中では一番有名と言っても過言じゃないから。一応ね」

 基本的なものは念の為に押さえておいてもいいかなって。そう告げれば、みんなも納得した顔で緩めに頷いた。

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