第701話_ジオレン帰還

 出発は夜だったし、説明や魔法陣の確認でそれなりに時間を取ったから帰りは遅かった。でも、みんな起きていた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 王様に会いに行った理由はまだ、伝えていない。「話をするだけ」とは言っておいたものの、多くを説明せずぴりぴりしている私に対してみんなは何にも聞かないでいてくれた。

「カンナ、お茶」

「はい」

 子供達はもう眠る時間のはずだが、帰宅した私を見てもまだ寝室に行く様子は無い。普段なら私が「もう寝なさい」って言うけど、気持ちは分かっているつもりなので指摘しない。

「説明、めんどくさいな……」

「あはは、正直すぎる」

 みんなの不安を分かりながらもこの不誠実さなのだから本当に救いがないよね。でもさっき王様達に説明してやったばっかりだからなぁ。苦手なことを立て続けにするのは心がすり減っちゃうよぉ。

「カンナ~」

「絶対に頼むと思ったわ」

 長女様が呆れた様子で息を吐いていらっしゃる。私は口をへの字にした。でもカンナが私のお願いに応えないはずもなく、お茶を運びながら「はい」と短く了承してくれた。

「過不足がございましたら、ご指摘をお願い致します」

「うん」

 淹れてくれたお茶をのんびり傾けているだけの私の横で、カンナが淡々と、私がさっき王様に説明した内容を女の子達に語り聞かせる。みるみる内に表情を曇らせていく女の子達は、心優しいなと思った。

「ありがとうカンナ、完璧だねぇ」

「恐縮です」

 まずは優秀な侍女様の仕事ぶりを褒める私。そして次には表情を曇らせる女の子達を慰める――べきなんだろうけど。

「とりあえず今日はもう寝るかぁ。今、あれこれ考えても仕方ないよね」

「それは、そうでしょうけれど……」

 複雑な顔で小さく呟くナディアの頭をよしよしと撫でる。いつも通り嫌がって頭を振るが、ちょっと抵抗は弱かった。気持ちは分かっているつもりだけど。今は寝た方が良い。夜も遅いし、こんな状態で考え込んでも悪いことばかり思い付いちゃったり、気持ちが滅入ったりするだけだ。

 みんなは渋々だったが納得して、揃って寝支度を始め、就寝した。


 翌朝。

 私は今日もまた少し早く起きて、工作部屋に居た。

「アキラちゃん……?」

「おはよう、ルーイ。早起きさんだね」

 パジャマのまま、寝癖も付いたままの起き抜けの状態で私の方に歩いて来る。女の子の寝起きって堪らなく可愛いよねぇ。姉達の目が無いのを良いことに、私はルーイの頭をよしよしと撫でた。ついでに手櫛で少し寝癖を直してあげた。

「また起きちゃったの?」

「私? いや、そんなに早くはなかったよ。一時間くらい前」

 ルーイの髪を触れるまたとない機会に夢中になっていたが、ルーイは何処か心配そうな顔で私を見つめている。

「……でも最近あんまり寝てないよ、アキラちゃん」

「ちゃんと元気だよ。大丈夫」

 視線を合わせて笑みを向け、答えたんだけど。ルーイの表情は曇るばかりだ。

「あのね」

「うん」

「何かあったらまた、いっぱい負担になること、しなきゃいけないかもしれないから。……休める時に、いっぱい、休んでほしい」

 胸がじんと温かくなる。何の含みも裏も無い、透き通るほど純粋な『心配』を向けられて、突っぱねられるはずもない。私は頷いた。

「そうだね。ありがとう、ルーイ。朝御飯を食べたら、二度寝するよ」

「約束ね」

「うん、約束」

 再び深く頷いたら、ようやくルーイは笑みを見せてくれた。

 みんなも起きてきて朝食を取った後は、「天使にお叱りを受けたので、二度寝しますねぇ」と宣言。既に朝食の席でもこの話は上がっていた為、みんなは笑いながら頷いた。

「私も一緒に寝る」

「うん?」

 寝室へと向かう私の後ろを、ルーイが付いて来た。

「アキラちゃんが起きちゃわないように」

「あ、添い寝してくれるってこと?」

 ルーイが頷いた瞬間、ちょっとリコットとナディアを窺ってしまったが。二人が私を睨み付ける様子は無かった。お、おぉ。良いのか。お姉ちゃん達が良いなら、良いか。

 二人で私のベッドに寝転がる。お膝で抱っこしたり、抱き上げたりすることはあったけど。こうしてベッドで腕に抱いたのは初めてだ。小さいな。可愛いな。

「ルーイは眠れる?」

「大丈夫。早く起きちゃったから実はちょっと眠い」

「あはは」

 私が起きるもんだから落ち着かなくて起きちゃったんだもんね。申し訳ない。髪を撫でて、よく眠れるようにおまじないしたんだけど、ルーイの方も私の腕をとんとんし始めた。

「寝かし付けてくれるの?」

「そう。いっぱい寝てね」

「……うん」

 優しさが嬉しいと思った瞬間、心が緩んだのか、それとも腕の中のルーイの体温が馴染んできたからか、とろりと目蓋が重たくなった。じっと私を見つめているルーイはすぐにそれを察知して、優しくとんとんしていた手を止め、ゆっくり撫でる動きに変える。

 うーん、それ眠いかも……上手だな……。

 私が目を閉じると、ルーイが私の身体に寄り添うようにしたのが分かった。それが温かくて、なんだかとても、嬉しかった。


* * *


 アキラはしばらくちゃんと眠れていなかったこともあり、ぐっすりと眠っていた。

 一方のルーイは今朝だけの寝不足だった為、少し早くに目を覚ました。最初にアキラを見上げ、まだ彼女が眠っていることを確認して安堵の息を吐く。

 色んな負担を受け止めながらもアキラは日々、ルーイ達の前では笑ってくれている。だけど傷付いて苦しんでいることは明らかで。もう悲しい思いをしないで欲しいとどれだけ願っても。……この優しい人は、最終的に負担を受け入れ、人を助けてしまうのだろう。そう思うほど、ルーイは悲しい気持ちになる。

 擦り寄ると、アキラが身じろいだ。

「んん……」

 起きたのかと思い、顔を上げたと同時に腕がルーイを引き寄せ、抱き直してきた。目は開いておらず、アキラは夢の中だ。閉じ込めなくとも逃げ出す気など無かったが、改めて、アキラの胸に頭を寄せた。規則正しい心音に何故か、目がじわじわと潤んで、涙が溢れそうになった。

「……かわいいね、だいすきだよ、……ルーイ」

 寝言だと分かるふにゃふにゃの声に思わず笑ったら、その拍子に涙が零れ落ちた。

「調子いいなぁ」

 生粋の女たらしであるこの人は、夢の中に居る時でも、抱いている子を間違えはしないらしい。

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