第700話

「如何なる事情があったとしても」

 徐にベルクが発言した。以前のように事前に許可を取るようなやり取りも無い。……王妃の騒動でちょっと仲悪くなってたりして。だとしたらうける。

「我が国および国民に危害を加えていたことは間違いありません。侵入者らは勿論、マディス王国はその報いを受けるべきです」

「ベルク」

 彼の言葉に王様が眉を寄せ、窘めるように名前を呼んだ。私も、今の言葉はベルクの意見にしてはやや意外なものだと感じた、けれど。

「我々に落ち度はございません。下手したてに出ることは、決してお考えにならないで下さい」

「……無論だ」

 私は小さく息を吐き出すようにして笑う。

 いや。ベルクが正しいし、王様は指摘されるまで、罪悪感みたいなものを抱いていたよね。

 事実、王様達はマディス王国からの救助要請に気付けず、「敵の悪しき行為だ」と決めつけて侵入者を冷酷に追い詰めながら情報を吸い出そうとした。その意識のせいで、全てが丸く収まった折には「すぐに気付いて助けられなくて申し訳なかった」みたいなことを言い出しかねないくらい、王様は、悔しそうな顔をしていた。

 だけどそんなのは、とんでもない。

 気付かなかったとしても仕方がないし、ベルクの言う通り、実際にウェンカイン王国は犠牲者が大量に出ているのだ。相手が追い詰められているからといって、許す道理は無いだろう。犠牲になった者達を思えば、国王としては絶対にそれを許すべきでもない。謝罪など以ての外だ。

 ――ただ。

 被害者あるマディス王国をこのまま見殺しにできないだけ。

 人道的にも、政治的にもね。先日聞いたように、大国の内一つが落ちるのは、ウェンカイン王国としても不利益でしかないんだから。

「フォスターのところにあった巨大魔道具はどうだろ。あれには何か無いかな?」

 話を戻すように促したら、私の言葉に一同がハッとした顔を見せる。王様は背後に控えている従者らを振り返った。

「分解を許可したはずだが、状況はどうなっている?」

 ほう。分解させてたんだね。確か魔力はもう全部霧散させたって言ってたし、安全は確認できているのだろう。

 王様からの問いに答えたのは、控えていた宮廷魔術師だった。

「おそらくほぼ分解済みです。此方の部署へ、魔法陣に関する情報が回ってきておりましたので。今すぐ持って参ります」

 王様に断りを入れて、魔術師が急ぎ足で退室して行った。

「リガール草の時に気付いていれば、此方で対応を進めながら輸入の打診をしてみても良かったかもしれませんね」

 ベルクの言葉に、私はちょっと呑気に「あー」と声を出した。

「確かにねぇ。あの魔法陣はそれを狙ってた可能性が高い。その場合、リガール草の輸出にも何かメッセージを紛れ込ませてきた可能性もあったわけだ」

 ウェンカイン王国ではリガール草の採取・管理は国が行っている。他の交易品と違って末端ではなく中枢に近い位置へ届く品だ。その為だけにわざわざリガール草を狙ったと考えれば、あの性格の悪すぎる魔法陣も納得できなくはない。

 考え込んでいたら、ふと、部屋が緊張して、王様達が私を窺った。何だ? と顔を上げると同時に。私が右手の指先で、肘置きを忙しなくトントンと叩いていたからだと分かった。なるほど。怖かったみたい。

「あー、ごめん。考えてただけ」

「いえ、不躾な視線を、大変失礼いたしました」

 別にいいよと伝えるつもりで軽く頭を振る。でも私は機嫌が悪い時だとそれだけで変にへそを曲げたかもしれないので、今後は気を付けた方が良いよ! とは思いつつ、別に言わない。その時はその時である。私には背後で控えてくれている癒しがいるので最近はちょっと大丈夫。

「前は、向こうの出方を見るって言ってたけど、『次の動き』を考えるのが魔族である可能性を考えると、少し不安だねぇ」

 再び話を戻そう。私の言葉に王様達が同意を示して重々しく頷いた。

 侵入者の動きが止まったことをマディス王国側が気付いたら、何か次の動きを考えるはずだが。考えるのがマディス王国の『人間』か、背後に居る『魔族』か。前者であれば新たなメッセージを受け取れる可能性はあるが、後者の場合……後手に回るのは危なすぎる。

「マディス王国に『戦争を起こさせる』という手を、使ってくることはあるのでしょうか」

 不安げに問う従者の言葉に、王様とベルクは「いや」と声を揃えたが、私は少し悩んでから肯定した。

「無くはない、ねぇ」

 王様とベルクが否定したくなる気持ちも分かっている。人間の国の中に潜入するなんて魔族らしからぬ面倒な方法を取っているのに、容易く戦争を起こして駒を手放すのは明らかに悪手だ。ウェンカイン王国と正面からやりあって無事に済むほど、マディス王国が圧倒的に強いとは思えない。それならとっくに戦争を始めているはずだ。だけど。

「分からない情報がありすぎる、と、私は思うよ。そもそもこんな回りくどいやり方を望んだのが魔族なのか、人間の『交渉』なのか。それによって大きく変わってくると思う」

「なるほど。本来の魔族の命令は『ウェンカイン王国を滅ぼせ』だったものの、マディス王国側が『確実に滅ぼす為に準備期間をくれ』として、今の状況であるかもしれないのですね」

 誰にでも分かる形で丁寧に説明をし直してくれたベルクに頷く。こうなった経緯なんて、幾通りも考えられる。ちなみに今のベルクの言葉にもタグは出てくれなくて、容易く言い表せる状況でもないのかも。まあ今のはベルクが『予想』を口にしたせいかもしれないけどね。

「少しでも情報が確定させられたら良いんだけどなぁ。……もう少し君らだけで情報を整理する? タグ用の設問も考えたいでしょ」

 私が居る場所での会話は、発言に気を遣ってしまって難しいのではないかな。すると少し考える顔をした後で、王様が頷いた。

「……はい。今回のアキラ様からの情報提供に、まずは国を代表いたしまして、感謝を申し上げます。現状から言って、少なくとも、タグの御力はお借りすることになるかと存じます。此度の件も含め、謝礼についてはその折に改めてお支払いさせて下さい」

 報酬が欲しくてこんなことをしたわけじゃないが、まあ、大きく事態を進展させてやったことには違いない。受け取ってやろう。その方が次回、タグを使う折にも少し頼りやすいだろう。

「じゃあ一旦帰る。さっき確認に行ってくれた魔道具の件は、君らだけで分からなかったらまた連絡して」

 通信魔道具の近くに写しの紙をでも置いてもらって、魔道具からの距離とか位置とか伝えてくれたら、私の転移魔法で引っこ抜けると思う。普段送り付けてるやつの応用で。そう伝えたら、丁寧な感謝の言葉と共に了承していた。

「カンナ、帰るよ」

「はい」

 立ち上がって、傍に来た彼女を引き寄せる。王様達が頭を下げる様子を、あまり視界に入れないままで転移した。

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