第699話

 魔法陣に対する知識を正しく持っている私ですら一見では分からなかった組み込み方で、魔法陣としての不自然さが無い。エルフの模様を知らない彼らが、違和感に気付けないのは道理だ。

「私もずっと気付いていなかった。付け焼刃の知識だからね。エルフならもっと早くに気付けたと思うけど」

 文字の羅列が顔に見えるような、ふとした類似点でそれに見える――くらい慣れ親しんでいなきゃ難しいと思うんだよね。私自身、よく気付いたよなと思う。

 とにかく私は一つ一つ、魔法陣の中の一部を書き出して、その意味を伝えていった。

 エルフの知恵は、エルフから与えられたものである事実を秘匿してほしいと言われているが。今回のケースは該当しないと思っている。緊急時だからではない。そもそもこの模様の情報はマディス王国にも存在しており、そちらから渡ってきている情報でもあるからだ。

 人がもう失ってしまったもの、または人に伝えられていないものは引き続き秘匿する。その為にさっき、「もう繋がっていない」と宣言したわけだからね。

 というのも、私の勝手な解釈だからこれも伝えられたくなかったんだーってエルフが言ったら謝るよ。ごめんね。別にもう会うことは無いけどね。

 さておき。初めて見る魔法陣については見付ける為に時間が掛かるから後回し。

 分かっているものを先に伝えてから、王様達が真っ青な顔で情報を整理している横で、未確認の魔法陣をチェックさせてもらう。

「これは同じだね。汚染だ」

「アキラ様、こちらは、四番と同じものでしょうか?」

「……そうだね、うん。同じだと思う」

 魔術師らしい人は一緒に確認もしてくれて、手分けして情報を洗った。

 全てが、私の予想通りだった。出揃った情報を見つめながら、王様が声を震わせる。

「マディス王国は……中枢を、魔族もしくは魔王に、侵略されているのですか」

「そう読み取れるね」

 かの国はウェンカインと違って友好国を持たず、半ば閉ざされた状態だ。魔王の陣営にとってはどれだけ都合のいい隠れみのなのだろうか。

 中枢だけを侵して市民をそのままの状態にすれば、周辺国に異変が察知されることはほぼ有り得ない。その状態でしばらく身を隠し、マディス王国を利用して周辺国――特に目障りなウェンカイン王国の力を削ぎ、準備が整い次第、一気に人の世界を侵すつもりだったのだろう。

 つまり、マディス王国はその『力を削ぐ』部分を手伝わされていた形なのだろうが、その作業の中で、ウェンカイン王国に助けを求めるべく、こうやってエルフの模様を混ぜ込んだ。

 レッドオラムの襲撃に失敗したのは、マディス王国の『人間』にとっては予定調和だったのだろう。しかしカンナが指摘していた通り、「もっと小さな町村を狙うべきだ」と、もしかしたら魔王側から指示が入ったのかもしれない。次は、魔法陣を地中に隠し、小さな町村を狙った。被害は甚大だった。あれが指示を受けてしまってどうしようもなかったものだとすれば、今の予想とも矛盾はしない。

 いずれにせよマディス王国からのちょっかいは終始、馬鹿みたいに回りくどくてまどろっこしいやり方だった。それを人間側の必死の抵抗だと思えば大体の辻褄が合う。勿論、人助けの精神ではなく、魔王側の目的が達成されてしまえば自分達の未来も真っ暗だと分かっていたからだろうけれど。

「魔法陣の模様とか効果内容とか。少し自由が許されているところを見る限り、魔族が中枢の全てを動かしているわけじゃないのかもね」

 隠されていた魔法陣も例外なく、エルフの模様が組まれている。ならば効果だけ指示を受け、模様は人間に任せたと見て間違いないだろう。

「我々の知るところによれば、魔族は、魔王には従うものの、魔族間であまり協力体制を取らないようです。魔族が従えるとすれば魔物ですが、あれらは獣に近く、知恵はございませんので」

「なるほど。ある程度は人間を使わないと、国として存続させながら支配する、ってことは難しいわけだ。……協力的じゃないなら、マディス王国に入り込んだ魔族もそんなに数が居ない可能性が高いね」

「楽観的かもしれませんが、そう予想します」

 協力的でないなら、複数の魔族をこの計画に組み込んでも効率が悪い。もしくはマディス王国内がもっと荒れてしまいそうだ。ウェンカイン王国から入れている間者が気付かないレベルでひっそりと支配されている状態だと考えると、多くても、配置を完全に分けた状態で三、四体程度だろうか。うーん、楽観的かなぁ。めちゃくちゃ賢い奴が上手いこと回していたら十体くらい扱えるだろうか。でもそこまで出来たらもうそいつは魔王だろうし、とっくにウェンカイン王国も攻め落とせそうじゃない?

「今捕えている者達は、この件を知っているのでしょうか」

「どうかな~。あまり期待できないけど……」

 ぐるぐる考えている横で王様達もぐるぐる考えていたらしい。みんなでちょっと唸る。

 全く知らない、とは言い切れない。魔法陣を敷けるのだから、ある程度は魔法陣の知識を持っている者達のはずだ。

 私のようにすぐに気付けなかった可能性はあるものの、効果が同じなら違う模様でもいいだろうと考え、勝手に大事な模様を崩して敷いてしまうことがあったら、意味が無くなる。だけどそのような魔法陣は今までに一つも見付かっていない。

 だから「この模様でなければならない」という確かな理由を何かしら持たせていたのではないだろうか。

「それぞれグループ内で一名から二名は、何か知っているかもね」

 見張り役としてそのような人物を立て、他の協力者には別の角度、例えば権力的なもので脅していたと考えるのが自然だろうか。

「……拷問を一度、止めさせろ」

 王様が低い声で言った。

 やっぱり今捕らえているマディス王国の奴らは、拷問してたんだなぁ。呑気な感想を思い浮かべ、私は一旦お茶を傾けて一息つく。

「充分な食事と治療を与え、休ませるように指示に行け」

「しかし」

「一時的なことだ。再開することもあり得る」

「……畏まりました」

 指示を受けた従者が部屋から出て行った。私は何も言わなかった。

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