第692話

「――あれ、もういいの?」

 昼食後、工作部屋を開け放ったままで私がリビングのカウチに寝そべったら、リコットが尋ねてきた。そうだね、みんなを追い出したんだから報告しろよってなるよね。ぼーっとしていて気が回らなかった。苦笑いで身体を起こし、カウチに座って向き直る。

 でもリコットもナディアもきょとんとしているだけで怒っている様子は無くて、二人は人間が出来ているなぁと、情けない思いで改めて笑う。

「ちょっと休憩。後でまたやるよ。ただ、もうみんなを締め出すほどじゃないかな。入っていいよ」

「そっか。じゃあキリの良いところで移動しよっと。ナディ姉は?」

 問われたナディアは少し迷った顔を見せた後で、「今日はいいわ」と答える。もうオフモードになってしまったのかもしれない。でもその返事を受けてリコットが眉を下げた。

「一人だと寂しいんだけど」

「……そ、ん、なことを言われても」

「ははは」

 ナディアがめちゃくちゃ困った顔になった。可愛い。そりゃ愛しのリコットにそんなこと言われたら堪らないよね。案の定ナディアは三秒ほど沈黙して渋ったものの、結局「じゃあ……」と言って折れていた。

 私はその後、一時間半ほどカウチで眠っていた。その間にリコット達は移動したらしく、目覚めと同時に工作部屋から二人の談笑が聞こえた。なんだか、ちょっと胸がほんわかした。

「おちゃ」

「はい」

 寝返りをしながら零した小さな声でも、カンナが即座に応えてくれた。多分もう私が目覚めていることは気付いていたのだと思う。狭いカウチの上でもぞもぞ寝返りを繰り返して微睡んでいる間に、カンナは素早くお茶を持ってきてくれた。いい匂いがして、眠いけど自然と身体が起きる。一口飲んだら、ミントのようなすっきりと爽やかな香りが微かに漂った。いいなぁ、このお茶。

 朝は必ず私が一番に起きるから、朝に寝起きの一杯とかは貰ってないんだけど。こういう昼寝の時に頂きたくなるお茶である。

「あー、すっきり。ありがとうカンナ」

 優秀な侍女様の一杯に満足した私は、顔を洗ったらまた工作部屋へと戻った。

 作業真っ最中のナディアとリコットが私を仰ぎ見る。猫ちゃんが二匹こっち振り向いたみたいでなんか可愛い。

「おー、型紙……これが靴になるんだねぇ」

「ええ」

 オフモードになっていたはずのナディアだけど、実際に手を付けてしまえば進みは良かったようだ。沢山の型紙が並んでいる。多分これは四足分。私とカンナの足型でそれぞれ靴を作るのか。「練習にとりあえず」という感じだったからどちらか一方だけとか、一足だけというのもあるかと思っていた。まあ、足型がちゃんと合っているかの確認もしたいのかもね。

 エルフの知恵がある為、私も靴の制作は無知じゃない。ただ、机上の空論なのでこうして型紙を目の前にするとちょっと感動してしまう。本でしか知らなかったカブトムシを初めて見た少年の気持ちなんだ。分かりにくい? そっか。

 しばらく此処に留まって作業を見ていたい気もするけど……嫌な顔をされそうだから、いつもの自分の席に移動した。こっそり覗き見することにします。

「アキラちゃんは何してるの?」

「みんなも作れる魔法陣を考えるよ~」

「え、それであんなことになる……?」

 午前にリコットが覗いた時の作業台の惨状を思い出したらしい。思わずふふっと笑い声が漏れた。

「いやあれは大いに脱線しただけ。今から本題に戻る」

「あー、なるほど。アキラちゃんらしい」

 全てを話してはいないけど嘘じゃない。『みんな用の魔法陣』から連想して至った結果なのは事実だ。何にせよ本題にも、本当に戻らなきゃね。みんながやりたいことを長く留めてしまうのは心苦しいんだ。

 さて。『簡単な魔法陣』とだけ言えば、幾らでもあるんだけど。折角やるんだから、「魔法を発動した!」という達成感が得られるものにしたいね。どんなものがいいかな。照明魔法はみんなももう出来るようになっちゃってるから、何か新しいものが良いよねぇ。とは言え、属性魔法はその属性が無い人は発動できないし。とりあえず案を色々と書き出してみるか。

 可愛いやつがいいかな、面白いやつがいいかな。派手で格好いいやつ……これは流石に私しか好きじゃないね。うーん。ナディア辺りは実用的なものを好むだろうなぁ。

「こんなもんかなぁ……ちょっとこの辺は厳しいか? まあいいや、リコかカンナが出来るはずー」

「なんか高いハードル越えさせようとしてる気がする……」

「はは」

 私がべらべらと大きな独り言を呟くから、優しいリコットが彫刻板の作業を少し緩めて反応をしてくれる。

「ナディ姉の方が練度は高いって言ってたのに、何で私?」

「魔力量が違うからだねぇ~」

 扱える魔力の量が違うっていうのはそれだけで、出来ることが多くなる。私が良い例……規格外すぎて全く例としては良くないな。何にせよ、魔力量が多いというのはつまり、大体のことが『力尽くで通せる』ってことなのだ。

「魔力制御が上手ければ、小さい魔力でも同じことが出来るようになる。ナディはこっちだね。だからコツを掴めばナディの方が前に行くけど、それまではリコが先行するよ」

 リコットは私の説明に何故か口を尖らせて不満そうだ。可愛い。どうしても『一番』は嫌なんだねぇ。

「魔力量は、生まれ持った素質なのよね?」

 いつの間にかナディアも作業の手を止めて此方を見ていた。魔法の話はみんな興味津々ですね。

「そう言われてるね。だけど魔法を沢山使い続ければちょっとずつ増えるみたいだし、あんまり素質が無くても、リコより魔力量が多い人は居るよ」

 リコットだけじゃなくて全員が、初めて会った時よりずっと魔力量は増えているんだから間違いない。同じ努力をした時に、素質がある方がより伸びていくだけ。まあそういうのは、どの分野も同じだね。

「アキラちゃんでも増える余地あるの?」

「勿論。ずっと増え続けてるよ」

「やば」

 尊敬の念の欠片もなく二人の顔はドン引きである。つらい。悲しいから癒しを求む。

「カンナ~」

「はい」

 どんなに情けない声で呼んでも、返る声はいつだって同じ、冷静な彼女のそれだ。

「甘いお茶」

「畏まりました」

 安心安全の確実な癒しだ。ふん。満足な顔をした私を横目に、二人は苦笑しながらそれぞれの手元へ視線を戻していた。私も作業に戻ろうっと……。

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