第690話

 お風呂を済ませた後もしばらく私はまた工作部屋に居たのだけど、就寝時間を迎える頃、開け放たれた扉をリコットが覗き込んできた。

「アキラちゃん、そろそろ寝るよー?」

「ああ、もうそんな時間か」

 時計を見上げれば確かに、大人組も寝る時間だ。今夜は私ももう寝るか。作業台に並べていた道具や図面をのんびり片付け始めると、リコットが傍に寄ってくる。

「寝かし付けは要らない? 添い寝とか」

「あはは」

 朝はリコットの寝かし付けに助けられたからね、そうしてもらえたら確かに、すぐに眠ってしまえるだろう。だけど今はもうそんなに、ぐるぐるしていない。

「大丈夫だと思う。ありがと。片付けたらすぐ寝るから、先に寝てて」

 そう言うとリコットはちょっと拗ねたみたいに口を尖らせた後、「はぁい」と返事をして部屋を出て行った。一体何がご不満だったのか分からないな……。女の子は難しい。そういうところも可愛いんだけどさ。

 さておき丁寧に整頓しながら片付けをして、各部屋の消灯確認へ。

 この家では最後まで起きているのが私なので、消灯確認をするのも大体が私です。とは言え、女の子達はみんなしっかりしていて「あらやだ点いてる~」って思ったこと、一度も無いんだけどね。

 それにこの家は全部を私の照明魔道具に替えてしまったから、一般家庭のランプの消し忘れほどのリスクは何も無い。

 この世界はまだ電気の普及が進んでいなくて、照明となると火を扱うことが多い。建造物の気密性がそもそもあまり高くないから酸素濃度とか一酸化炭素とかのリスクは低めだが、やっぱり火事が怖い。耐火とかもあんまりされていないし。でも耐火が進むなら石とかコンクリートが主要な建材に使われるようになって、気密性が上がりそう。そういう発展を迎える前に、電気の普及が進むのが理想だよね。

 どうでもいいことをごちゃごちゃ考えながら、静かに寝室に入り込む。

 大人組三人がちょっとだけ身じろいだ。そりゃこの子らはさっき寝室に入ったばかりだからまだ眠っていないよな。あまり心配を掛け続けぬよう、素早くベッドに入り込む。リコットに大丈夫と告げた通り、そう苦戦せずに眠りに付いた。

 でも、その眠りは浅かったみたいで。夜の内にまた私の意識がふわふわと浮上する。

 まだ真っ暗で、みんなは眠っているようだ。私も寝惚けていて、思考はぼんやりとしていた。

 そういえば、さっきは魔道具の組み立てをしていたけれど、みんなに教える為の簡単な魔法陣も考えないといけないな。

 魔法陣については専門知識という扱いでありながら、市中の本屋でも参考となる本はそれなりに売られていた。最初はそれとタグの乱用で魔法陣を描いていたけれど、次はエルフらに貰った知識も含めて考えられるようになった。今はそこへ、更に王宮の書庫による知識も私の中に加わっている。

 ゆったりとした微睡みの中で知識が混ざりつつ、寝惚けているから余計な思考も入り込む。それは、『魔法陣』というキーワードだけで紐付いてぐるぐるして、関係ないと思っていた情報の繋がりを見付けてしまった。

 パッと目を開き、思わず身体を起こす。私の動きを敏感に察知したカンナが、同じように身体を起こした。……これは侍女様の職業病か何かか? 一体どんな暗殺者に狙われたらそんなに敏感になるんだ。

「起こしてごめん」

「……いえ、どうかなさいましたか」

「いや」

 言いながら私はベッドから足を下ろした。カンナも同じく下りようとしていたけれど、それは手振りで制止する。

「アキラ様」

「そのまま寝てて。ちょっと思い付いたことをまとめたいから、工作部屋に行く。……大丈夫、何処にも行かないから」

 夜目の利かない私でも今のカンナが不安そうにしていることは分かる。だけど丁寧にそう伝えたら、カンナはやや渋った様子ながらも、頷いてくれた。

「何かございましたら、いつでもお呼び下さい」

「うん、ありがとう」

 多分ナディアも起きていた。目を覚ましてすぐに彼女は起きられないから、何も言わないし動かないだけだ。これ以上は誰も起こさないようにと慎重に、音を消して寝室を出た。

 工作部屋の扉を閉ざし、きちんと全体に消音魔法を掛ける。女の子達の安眠を守るのが最大の理由だが、夜中にガサゴソして近所迷惑にもなりたくない。一応ここ、集合住宅だからね。

 まずは地図を作業台に広げた。書き込みもしたいんだけど、この世界で地図はかなり貴重な物なのでそう易々と使い潰すことは出来ない。ということで、転写魔法を使って新しい地図を別の紙に作り出した。私だけは、こうして複製して書き込み可能な地図を作ることができるんだよね。本当に便利だ。

 準備が出来たら早速書き込みを開始する。

 地図の中に番号を振り、番号に応じた『魔法陣』を別の紙に書き出して行く。メモから転写できるものもあったが、私の方で控えを持っていなくて記憶から引っ張り出さなきゃいけないものも多かった。人より記憶力が良いと言っても、流石に多少の記憶違いがあって何度も修正した。効果だけは間違いなく覚えているので、タグを使って照らし合わせながら正解を探す。

 全ての情報が私の手元で出揃ったのは、すっかりと夜が明けてしまってからだった。

 あと一時間もすれば女の子達は起きてしまう。また私がベッドにもリビングにも居なかったら、心配するだろうな。

 大きく息を吐き出すと、作業台の上をそのままにして一度、工作部屋から出た。朝食を作り始める時間にはまだまだ早いから、夕食用のビーフシチューの仕込みでもしよう。

 すると私が調理している音と匂いに誘われたのか、ルーイがいつもよりほんの少し早く起きてきた。カンナも一緒に。

「おはようアキラちゃん。早いね」

「うん、夢の中で思い付いたことをまとめたくなって、夜に起きちゃったんだ」

 どうせ後でナディアとカンナに夜の件をバラされるだろうから、正直に白状する。ルーイは眉を下げて笑って、「アキラちゃんらしいね」と言った。まあ、うん、そうだね。思い付いたらいつもじっとしていないね。

 そして早起きついでに、今は夜のビーフシチューの仕込み中であること、ついでにパンまで焼くつもりであることも伝えた。ルーイは私の焼き立てパンが大好きらしくって、パッと嬉しそうな笑顔を見せる。可愛い。一緒に作りたいと言うので、成形は一緒にしよう。捏ねてねじるだけの簡単な成形だし、器用なルーイなら失敗も無いだろう。

「ビーフシチューにも、焼き立てパンがあるといいなぁ」

「そうだね、夜も一緒に作ろうか。丸いパンが良い?」

「うん! 丸くって、ふわふわのやつ」

 可愛い笑顔にでれでれと頬を緩めて頷く。私はお米も食べたいから、どちらも仕込む予定でいよう。まだ朝ごはんの準備中なのに、そうして夜の献立の話で盛り上がった。

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