第689話

 また、回復魔法も含め、やはり魔法の適性は遺伝しないということが、王宮の書でも触れてあった。

 血に拘るこの国の貴族の性質から、「必ずではないものの血の影響がある」と主張する一派も昔は多かったみたい。でも王宮も関わって公的に調査をしたものの中で顕著な結果を示したものは無かった。個人の調査はいくつも『結果』を出しているが、どれもあまり信用できる調査内容ではなさそうだ。今はもう貴族の中でも血の影響を主張する方が少数になってきているという。モニカも「あまり聞かない」と言っていたしね。

 だが、遺伝という説を諦めたとしても『他の要因』を求めてしまうのが研究者の性だろう。

 その辺りから私は脱線して、研究者らの主張を読み込み、自分なりにも考え始めてしまった。

「診断チャートが作れたら面白いと思ったんだよなぁ」

 王宮でメモ書きをした紙を広げながら呟く。

 白魔法・黒魔法という括りのように、今の分類とは全く違う関係性がもしかしたら存在していて、適性のある可能性が高い属性があるとか。血液型みたいに、親の血液型によって、子の血液型が絞れるような感じでさ。

 その調査をするには大勢の魔術師およびその家族についてデータを収集しなきゃいけない為、私がそれをするつもりは無いんだけど。仮説を立てるだけでも楽しいんだよね。

 考えられる要素を並べて、あーでもないこーでもないと、絶対に正解に辿り着かないのが分かっているのに今も遊んでみる。

 結局、手を付け始めてみればあっという間に、借りた本は読み終えた。

 王様へは「ありがとう」の一言だけのメモを添えて本を送り付けておく。本を貸したことを伝えていないなんてミスをクラウディアがすることはないだろうし、伝わるはず。

 ちょっとすっきりしたかな。

「カンナぁ、お茶いれて~」

「はい」

 ソファの方に居ると思うんだけど、侍女様の反応は相変わらず早くって、返事も良く聞こえた。

「君の声は、不思議とよく通るね」

 決して大きな声ではないのにね。お茶を持ってきてくれたカンナに言うと、彼女は少しきょとんとした。いや、無表情なんだけど、小さな変化が分かるようになってきたので、そういう風に見えた。

「発声の仕方かな。ご令嬢の教育?」

「……歌の教育もございますし、自然と、普段の発声も変わっていくものと存じます。話す時もしっかり声を出すようにと厳しく教えられますので」

「なるほどねー」

 昔、私も歌は習ったな。貴族令嬢ならもっときちんと教育されてそう。

「歌かぁ」

 聞いてみたいよねぇ、カンナのお歌。私がじっと見つめると、カンナがぴくりと震えて、それから徐々に目に焦りが滲んだ。

「あの、いえ、私は……」

「ふふ。ごめんごめん、冗談だよ」

 聞きたい気持ちは嘘ではないが、今此処で「さあどうぞ」なんて言うのは流石に可哀相だ。そもそも侍女の仕事だとは思わない。どんな反応をするかなって思っただけ。予想以上に愛らしい様子を見せてくれて満足しました。

「それはさておき。カンナ、ちょっとお買い物してきて。私あんまり出掛けたくないから、代わりに」

「畏まりました」

 食材管理は基本、私の仕事なんだけど。今日は家に居たいのでカンナにお願いすることにした。

 買ってきてほしいものと個数、食材調達にお勧めのお店なども記載したメモを手渡す。一応、私の感覚で予算も書いておく。

「これはあくまでも目安ね。ただ、あんまりにも予算から外れたものしか見付けられないようなら、買わなくて大丈夫だよ」

「はい」

 カンナは貴族令嬢だが、私の買い出しには必ず付いてきているから、そろそろ金銭感覚も近くなってきていると思う。ただ流石に一人で判断するのは不安かもしれないからね。なお、私の金銭感覚も市民のそれだとは言わない。でも私がいいならいいはず。大黒柱なので。

「アキラちゃん、何か必要なら、私らで行くよ? 日用品も少し買い足したいから」

 会話が聞こえていたらしい。ラターシャがひょいと工作部屋を覗き込んでそう言った。カンナが私を窺ったので、軽く頷く。

「行ってくれるなら誰でも良いよ」

 二人で相談して下さいな。一緒に行ってくれても良いし。

 その後ルーイも加わって話し合った結果、カンナが二人にメモと共に、小口現金から予算より少し多めのお金を渡していた。子供達に任せるらしい。

「そのお金でついでにおやつ買ってきてもいいよ~」

 行ってくれる子供達にご褒美がてらにそう言えば、ラターシャとルーイは笑いながら「はーい」って返事をくれた。子供達は毎日可愛い。

 さて私は、のんびりと魔道具でも製作するか。スラン村で作り切れなかった分があるし。

 カンナが淹れてくれたお茶をのんびりと傾けてから、魔道具の部品などを取り出した。

 時々扉の近くで人の気配が動いていて、定期的に覗かれている気もしたんだけど。それも仕方ない。連日ご心配をお掛けしている身ですのでね。

 子供達が買い物から帰ってきた時は工作部屋から出て、買ってきてくれたものをちゃんと確認する。買い忘れもなく完璧におつかいをしてくれた子供達をよしよしした。

 夕食時になるとまた工作部屋から出て、シェフとしてキッチンに立つ。みんなには「大丈夫?」「こっちで作れるよ?」と声を掛けられもしたんだけど。何もしないでずっと籠っていたらまた気持ちが塞いでしまうかもしれないからね。

「今日、は……ええと」

「んー?」

 調理中、ナディアが食材などを見つめながら呟く。何を作るか聞かれているのか? えっとねぇ。

「メインは具沢山のナポリタンで……」

「献立の話ではなくて」

「ありゃ」

 違いました。じゃあ何の話だったんだろう。首を傾けると、ナディアは何故か視線を落として眉を寄せた。

「普段の夕食よりは量が少ないけれど。また出掛けるつもりなの?」

 あー。そういう話か。いや確かに昨日の今日なんだから気にするよな。自分でもこの察しの悪さには流石にちょっと笑いながら、首を振る。

「ううん。出掛けないよ。食欲がまだ戻らないから、少なめに作ってる」

 女の子達は「出掛けない」って言葉にはホッとしていたのに、大食漢の私がまだ食欲が無いことは心配らしくて、気遣わしげな視線が集まった。

「大丈夫だよ、明日には普通に食べられると思うからさ」

 私が言うと、隣に居るルーイが袖をきゅっと引っ張って私を呼んだ。可愛い呼び方。

「疲れてるなら、無理しないでね」

「うん。ありがとう」

 可愛くて優しい天使である。頭を撫でた。

 食べ始めたら物足りないと感じる可能性もあると思っていたんだけど、結局この夜、私の食欲が戻ることは無かった。

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