第682話

 可愛いルーイを両腕でぎゅっとして、頭に頬擦りする。いつもならこんなことをするとナディアに鋭く睨まれるのだが、今日はお咎めが無かった。わーい。

「全員に、いっぱい、沢山、してもらってるのにねぇ~」

 腕の中で大人しいままのルーイが可愛くて、頭をよしよしする。私の手から逃げようとせず、むしろ寄り添ってくるのが愛らしい。懐っこい仔猫みたいだ。

「誰が欠けても寂しくて……我慢できないなぁ」

 情けないことだ。

 幸せになる為に旅立つ子は引き止めたくないのに。今の私は、此処に居るみんなにまだ傍に居てほしい。今は、どうしても手放したくない。心の準備にしばらくの時間をくれ。

 うぬ~と唸ってみたら、ルーイが手を伸ばし、私の頭を撫で返してくれた。嬉しい。

「一緒に居るよ。何処にも行かないよ。ね、お姉ちゃん」

 ルーイに発言を促された二人のお姉ちゃん達は、ちょっとだけ渋い顔をした。その反応はやや切ない。だけど返事は、否定じゃなかった。

「前にもそう言った」

「この子達がそう言うなら、私が否を言うことは無いわ」

「ナディ姉のそれ、ずるくない?」

「そう?」

 つまりまだ一緒に居てくれると、三姉妹はそれぞれの表現で言ってくれているみたい。胸の奥がほんわりと温かい。彼女らの様子を楽しそうに見ていたラターシャも、柔らかな表情のままで私に向き直る。

「私も一緒に居るよ。っていうか、一緒に居てねって誕生日の時に私からお願いしたと思うんだけどな」

「されました」

 忘れてないです。勿論のこと。だけどどうしても、ラターシャはまだ外の世界を知ったばかりだから、まだ少女だからと思って、ずっと同じ思いで居てくれるのだろうかとぐるぐるする。迷惑も積み重ねているし。他のみんなもそうだ。

 だけどそれでも、今はまだ許してくれるらしい。優しい子達である。

「ありがとね」

 注がれた優しさに対して、この言葉だけで果たして充分なのだろうか。でもあれこれと言葉を重ねるほど価値が下がる気がしてしまって、他に言葉が付け足せない。女の子達はそんなことを突っ込む様子も無く、笑顔で頷いてくれたり、口を尖らせてそっぽを向いたり、猫耳だけがふるふると揺らしたりと。各々『らしい』反応で受け止めてくれていた。

「そういえばさー、ナディ姉」

 話題がひと区切りしたのを見計らってか、リコットが普段の調子でナディアに話し掛けることで空気を変えた。もしかしたらさっき散々に揶揄われたせいで、早めに話題を移したいという気持ちもあったのかもしれないな。

 ナディアは呼ばれた時にあまり口では返事をしないのだけど、無視されるのは私くらいで他の子からの呼び掛けには必ず応じる。可愛いリコットからの呼び掛けなんて特に無視するはずもなく、手を止めて顔を上げ、軽く首を傾けていた。猫耳がぴんとリコットに向いている。可愛い猫ちゃんだ。

「靴の木型ってもう出来たの?」

「そうね、とりあえずは。練習用にまず簡単な靴を作ってみて、それが二人の足に合わないようならまた調整するけれど」

「靴、いつ作るの?」

「ふ」

 ちょっと前のめりに聞いてくるリコットが可愛かったらしくて、ナディアが短く笑い声を漏らす。

「この彫刻板が一通り片付いてから、と思っているわ」

「どっちも急ぎじゃないから、好きな方をやってくれていいからねぇ~」

 私が呑気な声を挟んでみたら、二人はちらりと私の方を見た。……会話の邪魔でしたかね。どちらも私の言葉に応えることはなく、そのまま視線を互いに戻していた。ちょっと寂しい。

「靴の方やっていいよ、こっちは私が出来るからさ」

「……そう? なら、この一枚が終わったら、私は靴の方をやろうかしら」

 可笑しそうな色を含んだ声だった。リコットが彫刻板を独り占めしたがっているようにも聞こえたせいだと思う。本人もすぐに察して「いやそういう意味じゃなくて」と付け足している。今日のリコット、ずっと可愛いね。

「分かっているわ。気遣ってくれたのよね、ありがとう」

 丁寧にナディアが言えば、リコットは口をへの字にして「別に」と言って目を瞑った。

「二人って似てるねぇ。本当に姉妹みたいだ」

 懲りずに口を挟んでみると二人がまたこっちを見た。今度は眉を寄せていたので流石に文句の一つも言ってくるかと思ったが。

「ふふ、分かる。私も良く思う」

「え、うそ」

 ラターシャが同意したものだから、半ば私を睨もうとしていたリコットが大きく目を丸めている。

「ちなみに……どういうとこ?」

 リコットが恐る恐る問うと、ラターシャが楽しそうに目を細めた。

「素直じゃないところ。褒められたり、今みたいに気遣いを指摘されたりすると絶対に誤魔化すか否定して目を逸らすの」

 二人は何も言わずにそのまま俯いてしまう。可愛い。まるで自覚はしていなかったんだろうけど、相手がラターシャだけに「そんなことはない」とか「嘘だ」とも言えないようだ。

 私がくすくすと笑い声を漏らすと、二人に睨まれた。何で私にはそんなに容赦がないんだ。酷いよ。

 その後しばらく二人は気恥ずかしくなっちゃったのか、お互いあんまり目を合わせようとしていなかった。そういうところが可愛いし、そっくりなんだよなぁ。

 可愛い女の子達に心を癒してもらい、夕食の時間になる頃には身体の疲れも取れたので。いつも通り率先して台所に立った。しかし、手伝う為に台所に来たナディアが、少し眉を寄せる。

「……アキラ、食欲が無いの?」

 量が、いつもより少ないと思ったのだろう。私は手を動かしながら首を振った。

「ううん。後で食べる」

 答えると、数拍みんなが黙った。

「出掛けるの?」

「うん、久しぶりに遊んでくる」

 夜遊びに行ってきます。外でお酒とおつまみをたっぷり入れる為に、今は腹二分目くらいにしようという計画だ。

「ナンパだよね……」

 なんか妙にじわじわと聞いてくるね。どうした?

「まあ、ご縁があれば、あわよくば、かなー」

 ビビッとくる子が居ないとナンパに発展しないこともあるのでね。その場合はただの飲み歩き。ということで。

「カンナ、私が出掛けたら今日はもういいよ」

「……はい」

 いつもは寝る前にお茶を淹れてもらって業務終了になるけれど、一人で夜に出掛ける場合は別である。常に即答のカンナがやや間を置いて応えたのは、うーん、早いお暇はちょっと嫌なのかな。侍女様いつも働きたいんだよね。ごめんね。

「じゃー、もう行ってくるね。みんなはあんまり夜更かししないで寝るんだよ~」

「どの口が言う……」

 リコットからの尤もな意見を笑って聞き流し、私は夕食が済んだらみんなのお風呂の時間も待たずに家を出る準備。そろそろ魔法札でのお湯の準備も実験を尽くして心配ないので、任せてしまおう。物言いたげな目でみんなが背を見つめていることも気付かず、そのまま部屋を後にした。

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