第681話

「アキラちゃん」

「ん~?」

 呼ばれたので目を開ける。天使、もといルーイの声だった。何だか今、この工作部屋の人口密度がすごいなぁ。カンナ以外全員が居る。私が座っているのは部屋の最奥の席。その逆端にナディアとリコットが座って彫刻板をしていて、私と彼女らの間くらいにラターシャが座っている。そしてルーイは、私の横に立っていた。

「お膝に座っていい?」

「うん、いいよ」

 意図しなくても頬が緩む。お膝に座れるように椅子を引いたら。ルーイは私を背凭れにする形で、作業台に向かって座った。羽のように軽いね。可愛い。

 カンナはお茶と共に戻ると、椅子にされている私を見てちょっと目を丸めてから、右側の方へと回ってきた。

「此方に置いて問題ありませんか?」

 ちゃんと届く位置に置いてくれたけど、念の為に聞いてくれた。私は無言で頷いて応える。

「おいしい」

 ひと口飲んですぐに一言呟く。カンナが小さく会釈した。

 ミルクティーにシナモンのような香りが付いている。何だか少し身体が芯からぽかぽかするので、そういう効能のある香辛料を使ったのかな。うーん、あったかくて美味しい。私の侍女様は完璧なのだ。すごい。

「私は結構ねむいのに、カンナは大丈夫? しんどくない?」

「問題ありません。アキラ様は、数え切れぬほどの御本をお読みでしたので、その影響かと」

「あー、そうだね」

 確かに、あそこまで大量の本を徹夜して一気に読んだのは、元の世界から考えても初めてかも。途中で休憩した時も、頭が疲れたなぁって思ったし。その後は何だか感情に振り回されて麻痺していたものの、疲れは当然のように蓄積されていたに違いない。

 やる気が出ないのも、きっとそのせいだ。

 何となくルーイの頭をもしゃもしゃと撫でる。腕の中の子が、ふくふくと嬉しそうに笑った。愛しい。

「アキラちゃん、あのねぇ、昨日ね」

「うん?」

 徐にルーイがもぞもぞして、横向きに座った。彼女が座りやすいようにと少し抱き直す。

「二人が居なくなってすぐ、リコお姉ちゃんがね」

「待って」

 続きを察したらしいリコットが慌てて声を挟んだのだけど、ルーイはそれも予想済みだったのか微塵も躊躇わずに続けた。

「カンナが来てからアキラちゃんがカンナばっかりだ~って拗ねてて」

「別に拗ねたとかじゃないでしょ!」

 ラターシャが肩を大きく震わせて笑い、ナディアも彫る手を止めて口元を押さえてそっぽを向いている。カンナはいつも通り、無表情のままで佇んでいるが……そういえばずっと立たせているな。

「カンナ、その辺に控えてて。椅子を置くから」

「はい」

 私の右側、壁際に収納空間から引っ張り出した新しい椅子を置いた。カンナが会釈して着席する。

 普段は何処で控えていても構わないと指示しているから、カンナも大体リビングのソファでのんびりしてくれている。でも折角全員がこの部屋に居るのにカンナだけリビングは寂しいだろう。分かんないけど。

 カンナが腰を落ち着けるのを目の端で見守ってから、腕の中のルーイを見下ろした。楽しそうに笑ってリコットを見ている横顔が可愛い。

「そっかぁ、リコが拗ねちゃったか~」

「拗ねてないってば」

 私の言葉にリコットが唸るように返してくるのもまた一層愛らしくって、みんなの頬は緩みっぱなしだ。

「……私は、侍女としてお傍に居る時間が長いだけですので」

 でもそこに、カンナが自ら口を挟んでくるのはちょっと意外だった。普段と比べると少し感情のある声だった気がしたので、今の言葉は侍女としてではないのかも。

「分かってるし、私は別に拗ねてない」

 リコットの反応にカンナがちょっと目を細めた。楽しかったらしい。揶揄からかう意図もあったのか。女の子達が仲良しで可愛いね。くつくつと笑ってしまったせいで、リコットが不満げに口をへの字にする。

「ごめんね、心配してくれてるんだよね。カンナをかな。ありがとね」

 そう言うと全員が一斉に私を見た。何ですか。

 リコットはきっと、私がカンナをずっと連れ回していることとか、心身の不調のケアを主にカンナが担当していることについて、「カンナが大変そうだなぁ、大丈夫かなぁ」とか、そういう意味合いで「カンナばっかりだね」みたいに言ったのだと思う。その言葉がまるで妬いているようなものだったから、揶揄われてしまったんだよね。

 だけどその考えを述べたらリコットはぎゅっと目を瞑って更に渋い顔……いや何か酸っぱいものでも食べた顔になった。

「妬いてないのは本当で、カンナの心配してるのも間違ってないけど、それが全部じゃない」

 ふむ。首を傾けた。

「私の心配……ではない、から……なんだろ?」

 カンナといつも一緒に居ることで私が心配されるというのは変だよな。だからこれは違うと思う。うーん、考えても次の案は私の中から出なくて、更に首を傾けた。ナディアが溜息を吐いた。

「元々はアキラを心配しているところから始まっているのだから、大きくは違っていないわ」

「ナディ姉」

「相手はアキラなのよ。ちゃんと言わないと伝わらないでしょう」

 なんか酷いことを言われている気がする? でも心配してもらっているなら、嬉しい、なぁ。混乱しつつ首を傾け続けていると、難しい顔で眉間を揉みながらリコットが唸った。

「アキラちゃんがしんどい時に、カンナだけが傍に居るのを許されてて。自分は何も出来ないのがもどかしいって言うか、出来ることが自分にもあればいいのにって、そういう意味」

 ほう。ふむ。

「……それは、妬いているのとは異なるのでしょうか」

「ちーがーうでしょ! 何でそうなるの!」

「ははは」

 反応がいちいち可愛くって、内容が入って来るまでちょっと時間が掛かります。

 カンナが一度俯いてから「失礼いたしました」と言った。面白かったらしい。君が楽しいなら、それはそれで。

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