第676話_禁書の小部屋
私は一旦、広げたメモ書きと読んでいた本を横に避けて、違う本を開く。
当分彼女らは戻らないだろうと思っていたのだが、手元にあった残りを読み終えて次を漁ろうとしたところで、クラウディアが二冊の本を持って来てくれた。
「こんなにすぐ見付けてくれるなんて思ってなかったよ。ありがとう」
「とんでもございません。ですがもう一冊は、同系統の棚を探してみたものの、見付けることが出来ず……」
つまり二冊はすぐに見付かっていて、もう一冊を探すのに今まで掛かっていたということかな。司書さんのような働きぶり。本職じゃないのにすごいね。
「私の侍女は戻っていないようですね。詳しい者へと確認に向かわせましたので、すぐに戻らないのであれば別の書庫に心当たりがあったのかもしれません。もうしばしお待ち下さい」
「大丈夫だよ~。二冊ありがとうね」
軽く礼を言って早速その二冊を開こうとしたところで、お茶を淹れ直してくれていたカンナが少し屈んだ。何かを言おうとしているのだと思って顔を上げる。
「お済みの本は私の方で戻しておきますか?」
「ああ、うん。助かるよ。分かるかな?」
「はい、位置は把握しております。問題ございません」
賢い人が多いねぇ、貴族って。と思ったらメモを確認しながら片していた。動きが淀みないから本当に覚えてもいるんだろうけど、念の為に取っていて、間違いないことを確認かな。きっちりしているね。
ところで、これもクラウディア達への意地悪なのだろうか。だとしたら面白すぎるんだけど。
素早く本を片付けるカンナにこっそりと笑って、新たに入れてくれたお茶を傾けた。
結局この夜は、魔法の棚を確認することにほとんどの時間を使い、とりあえず魔法関連の本はこの辺で良いかなぁと思った時には既に午前四時を回っていた。
八時までには帰りたいし、後回しにした禁書を見に行こうかな。あっちは読み飛ばすような内容じゃない可能性が高いから、時間が掛かりそうだ。
立ち上がって伸びを一つ。
「禁書の方を見るよ」
好きに見ていいとは言われていたが、一応、ひと声掛けてから移動する。
「カンナは部屋の前のソファに待機してて」
目の届く位置に居てくれるのが一番の癒しではあるんだけど、今回は我慢。そう思っていたが。カンナが小さく「アキラ様」と言って私を呼び止めた。
「お傍に居てはいけませんか?」
クラウディアは聞こえているのだろうに、何も口を挟んでこない。やはり、私の決定が全てなのだ。この書庫のルールすら、おそらく私が命じれば変えられる。
「入口から一番近い椅子に座って、そこから動かないこと。守れるね?」
「はい」
私を一人きりにすることより、きっと一緒に入るだろうクラウディアと長く二人きりにすることを、この子は案じているんだと思う。
じゃあ、禁書の小部屋に入りますか。入ってすぐ、カンナは扉の真横にあった椅子に腰掛けてじっとしていた。そして予想通り、クラウディアも一緒に中へ入ってくる。私は中央の台の前に立って、その彼女を振り返った。
「この部屋の本、このまま触って良いの?」
「アキラ様は問題ございません」
「……クラウディアの場合は?」
「手袋を着用いたします」
救世主を『神』と言い換えた場合。神様が触れることは問題が無いどころかむしろ御利益があって、一方、王族であっても普通の人間が触れると穢れてしまうとか、そういうことだろうか。少しの沈黙の後、私は溜息を一つ。
「私も手袋するよ。持ってない?」
「すぐにご用意いたします」
部屋の端に移動したクラウディアが、数点の手袋を持って戻った。置いてあるのね。サイズを選べるようにと複数持ってきたようだ。一番合うものを選んで、借りることにした。
しかしこの手袋も後日この部屋に飾られそうだと少し思う。……他のものと同様に扱ってほしい。
まあ今はいいや。出鼻を挫かれたような気になりつつ、とりあえず中央の、三代目救世主さんの手記を手に取った。
正直に言って、大した内容は無かった。
書いた人がこの国にとって偉大だからこうして丁重に扱われているだけであって、内容が重要であるわけではないのだろう。
しかも此処にある三代目さんの手記は何処か『余所行き』なもの。誰かに読まれることも、残されることも想定していたように思う。
これが実際の彼の心でなかったことは明らかだ。というか、心に関する記述が何も無かった。もしかしたら、ひどく真面目な人だったのかもしれない。だから手記と言うよりも報告書だな。この世界の誰かに渡す為に書いたのだろうか、言語も日本語など私の世界のものじゃなくてウェンカインのものだった。
どうせなら、救世主の心が知りたかった。
そんなものを読めば二代目さんの時と同じく、私はきっと嫌な気持ちになるのだと思う。だけど此処に三代目が残した文字があるのに心が無いことは、あまりにも空しく思った。
こんなにも真面目にこの世界を救うべく奔走して、現地のことを細かく記載していても。彼はこの世界に心を残そうと思わなかったのだろうか。
それとも此処ではない何処かへ、心を残してきたのか。
実際、二代目も私の手元に手記があるだけで王族の手には渡っていないのだから、まあ、そういうこともあるのかな。
三代目の遺したという報告書のような三冊を読んだ後は、同じく希少なものとして置かれている初代国王の手記も読んだのだけど。こっちは、ちょっと、よく分からない内容が多かった。言い回しが独特と言うか。祈りのような、詩のような。古典文学って感じだな。
特に奇妙なのは、『救世主様』という記載と同じく上がってくる名詞。初代救世主の名前だと思うんだけど、読めない。この世界に来て『読めない単語』は初めてだ。
とりあえずその人をめちゃくちゃ賞賛しているのは分かる。国王の中にある全ての語彙で褒め尽くしたみたいな文章で、何処が本題なのか分からない。
彼にとっては、本当に、神だったんだな。絶望しそうになった自分と世界を救ってくれた神。
そんなこんなで初代国王の手記を読み終えた頃には、ちょっとくらくらしていた。変な崇拝にあてられた。
「カンナ、ごめん、お茶」
「はい」
一旦休憩。戦術的撤退。手袋をカンナの座っていた椅子にぽいと落として、外に出ることにした。
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