第675話

 さっきの小部屋で書庫全体の案内が一旦終わったので――此処からは、自由に見て回ることにした。

「まずは、魔法かな」

 元々の目的は魔法に関する知識をもっと仕入れることだ。特に回復魔法などについては分からないことが多い。エルフの知恵にもほんの少ししかなかった。最も歴史の深そうなエルフでそれなら、あんまり回復魔法については期待できないが……他の魔法でも良いからとにかく、市中では得られない魔法の知識を吸収したい。

「カンナ、そのサイドテーブルにお茶を用意して」

「畏まりました」

 お湯はクラウディア付きの侍女の一人が持ってきてくれるそうなので、カンナは茶器のワゴンがある一階に彼女と共に移動して行った。

 魔法に関する本棚は二階にまとまっている為、ワゴンを近くまで運べない。カンナがトレーに乗せて丁寧に運んでくれるそう。その辺りは信頼して任せます。プロだからね。

 仕事中の侍女様を目で追うことはそこそこで止めて、本棚の前に立つ。目当ての情報が何処にあるかは分からないので、片っ端から見るしかない。幸い私は速読が出来る。手に取った本のページをぱらぱらと頭から最後まで捲った。これで全てを把握できるわけではないのだけど、ざっくりと趣旨が分かる。そこでまず選別するのだ。一冊目は外れだね。

 目次からでも凡そ分かるが、それは目次が『上手に』作られている場合に限るからあまり信用していない。

 隣で控えているクラウディアともう一人の侍女は、私が開いてぱらぱらして戻すという動きを繰り返しているのを見守りながら、物言いたげに佇んでいる。

 この本も記録すべきかどうかを迷っているんだと思う。読んでいるのかどうか、分からないんだよね。普通に考えたら読んでいるようには見えないけど、私だからもしかしたらって感じ? 面白い。笑ってしまいそうだ。

「ご用意いたしました」

「ありがとう」

 カンナが戻ってきて、ソファの近くにあるサイドテーブルにお茶とお茶請けを並べてくれた。

「これソファに置いといて」

「畏まりました」

 棚に戻さずに小脇に抱えていた二冊の本をカンナに手渡す。言う通り、ソファに置いてくれる。分かりやすいだろ。ほら、記録しておけ。

 そう思っていたが、もう一冊を選んで私がソファに行ったら、背表紙がクラウディアたちとは逆側に向けられていた。カンナがちょっと意地悪している。やめてくれ笑かさないで。

 でも折角だからと私も三冊目を同じ方向に積んだ。全部の背表紙が見えないのである。

 まあ、クラウディアはそれでも本を把握できるかもしれないし、戻す時には流石に確認できるんだから、意味は無いんだけどね。本当にただのほんの少しの意地悪ってやつ。

 さて折角カンナが淹れてくれたので、温かい内にお茶を一口。美味しい。

「呼ぶまで、何処かで座って控えていて」

「はい」

 カンナは一礼すると、近くにある椅子に座った。流石に同じソファに腰掛けようとしはしないのだ。まあ、普段なら隣に呼ぶけど。クラウディア達の前だからそれでいいや。

「クラウディア達もね」

「お気遣いありがとうございます。承知いたしました」

 立ちっ放しでずっと見られていると変に気になるのでね。私の言葉に応じて、クラウディア達も少し離れた位置にあるテーブル席に移動していた。

 じゃあ改めて読みますか。

 さっきのぱらぱらほどじゃないものの、それでも速読ではある。厳選してきた三冊も十五分で読み終えてまた立ち上がり、次の本を物色。うーん、十冊ずつくらいにしようかな。いちいち立ったり座ったりが面倒だ。なお、最初から最後まで熟読してこのペースではない。必要なところだけをじっくり読み、他はササッと読み飛ばした上でこの速さです。

 何にせよ十冊ごとに座ると決めた私は、二冊を選ぶごとにカンナにソファに運ばせ、十冊になってから座って読むということを繰り返す。

 ふーん。

 エルフらの知識にも全く無かった魔法の分類の話があって、結構、興味深い。

 私にとってはゲームとかで聞いたことのある『白魔法』『黒魔法』だ。

 単に分類だけの話であって、新しい魔法のことではない。例えば属性魔法は凡そ黒魔法に属し、回復魔法や結界魔法、生活魔法の一つである浄化などは白魔法に属している。

 今と違って、そういう分類が使われていた時代があるらしい。今では廃れてしまって、貴族教育にも扱われていないそうだ。

 分類が変わった理由は、『適性』という側面を重視するようになったから。

 浄化が使えるからと言って、結界魔法を使う素質があるわけじゃない。黒魔法が使えるからと言って、白魔法の素質が薄いということもない。そういう見方だね。

 だから今の分類の方が『正しい』とも言えるんだけど。ふむ。

 私は紙を広げ、今と昔の分類をまとめて図解にしてみた。途中でまた違う紙を取り出し、読んでいる本の注釈を見つめながらメモを取る。

「クラウディア」

「はい」

 呼びながら顔を上げた。彼女も何か本を読んでいたらしい。手元には分厚い本があった。それでも手招きしたらすぐに立ち上がり、こっちに来てくれる。

「この本、城に置いてあるなら読みたいんだけど。探せるかな?」

 メモを手渡す。私が読んでいる最中の本の中で、参考資料として記載されていた一部の書籍だ。元ネタが詳しく知りたい。

「畏まりました。探して参ります。三冊の内、二冊は覚えがありますので問題ございません。ただ、もう一冊は少しお時間を頂ければと」

「うん、急いでないよ」

 もし今日中に見つからなかったとしたら次の機会でもいい。あくまでもこれは必須の知識ではなく私の好奇心なのでね。その後クラウディアは一人の侍女だけをその場に残し、彼女自身はこの書庫内の何処かに行った。一階の奥の方に足音が遠ざかる。もう一人の侍女は外に出していたので、『不明の一冊』を探す為に他の誰かへ支援要請を出したのかも。私が渡したのとは別のメモを持たせていたのも、チラッと見えた。

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