第674話_王城書庫

 解錠をしたのはクラウディアだったけれど、扉を開けたのは衛兵だった。クラウディアの身分的に自分で扉に触れることはほぼ無いのかもしれないが、それとは別に、扉が重たそう。これもセキュリティなんだろうな。私も開け閉めするなら魔法で身体強化をしてからがいい。

「お~、広い」

 扉の大きさから広いだろうとは思っていた。しかしその想像を遥かに超えて広かった。なんと二階建てである。私が居る入り口付近は吹き抜けで、その部分を除いた奥にはコの字型に上階があった。

 吹き抜けとなっている中央部はテーブルも並べられている。奥の方にもチラホラと椅子やソファが見えていて、それぞれサイドテーブルも付いているようだ。極端な入室制限から書庫という呼び方をしているみたいだけど、中は普通に図書館っぽくて過ごしやすそう。きっと元々はもっと広く出入りがあったけれど、後から制限がきつくなったんだろうな。

「何かお探し物があれば、お手伝い致しますが」

「いや、まずは全体をざっくり見て回るよ。時間はたっぷりあるから」

「それでしたら、順にご案内しつつ、大まかな棚の内容を私からご説明させて頂くというのは如何でしょうか?」

 とんでもない数の棚があるが、この子は全てを説明できるのだろうか。私の記憶力に驚いた様子を以前に見せていたけど、だとしたらクラウディアも大概だろ。

 さておき申し出はありがたいのでお受けして、案内をしてもらうことにした。

 入り口から近い部分は機密性の高いものはあまりなくて、街の本屋でも見かけるような内容のものも多い。ただ、流石に小説の類は此処にはほとんど置かれていないと言う。そういうものは広く公開されている図書館の方にあるのだとか。カンナも利用していたって言っていたところかな。

 稀に置かれている小説は、その内容によるものではなく、王族などの要人が執筆したものとか、そういう意味での貴重さによる保管なんだって。なるほどね。

「この辺りは全て、日記や手記になります。歴代の王族のものから、従者らが残したものも」

「ほー」

 流石に手記になると製本されていないことが多く、そういうものは本の形をしたボックスに入れられて並んでいた。試しにクラウディアが一つを取り出して見せてくれたが、取り出す時にはちょっと工夫と注意が必要そう。普通の本だと思ってすーんって引き抜いた場合、運悪くボックスの留め具が緩んでいたら中身をぶち撒けそうだ。気を付けよう。先に教えてくれて助かった。

「救世主の手記は無いの?」

「三代目様のものが、数点ございます。ただ、此方には並んでおりません。後程ご案内いたします」

 王族の手記すら此処に並んでいるのに、やっぱりこの世界じゃ救世主ってのは別枠なんだな。

「初代と二代目のものは、無いんだね」

「はい。私共はその存在を知りません。ただ救世主様はいずれも各地へ遠征されておいででしたので、三代目様も含め、我々の知らぬ場に残されている可能性もございます」

 まあ、そうだね、私がまず二代目のものを一点、持っているものね。言わないが。

 魔法に関することがまとめられた棚もあった。よしよし、本来の目的のものだ。此処は後で入念に確認しよう。

「この奥は、最上級の禁書になっております。王家直系の血を持つ者のみが閲覧可能で、他家から嫁いだ者――私の母などは、見ることのできないものです」

「へぇ~」

 そんなところまで血を重視するんだな。しかも傍系なら駄目だってことはつまり王様にとっての甥や姪も、読めないと。厳しいね。ちなみに救世主は別で、今回私はこれを自由に読んで良いらしい。都合のいいことではあるが、何かちょっと、モヤっとした。

「アキラ様がいらっしゃる間、この扉は解錠したままにしておきますのでご自由にご覧ください。ただ、この小部屋から出てお読みの際は此方のソファまででお願いできればと」

「分かった。配慮ありがとう」

 この部屋の制限を思えば本当はこのソファも駄目なんだろうだけど、中には簡易な木製の椅子しかないらしい。そんなところに座れと私に言えなかったんだね。貴重な本を雑に扱う気は無いから、出来るだけ中で読んで、長くなりそうならお言葉に甘えよう。

「軽く中を見ても?」

「どうぞ。……あなた達は此処で待機を」

「はい」

 クラウディアが侍女らを控えさせたのを見て、本来は入室自体、閲覧制限と同じなんだなと察した。そりゃそうか。

「カンナも待ってて」

「承知いたしました」

 今クラウディアは自分の侍女にだけ命じていた。おそらくカンナは『救世主わたしの侍女』だから、私が望めば入れられるんだろう。でも此処から先に入れてしまったら私の侍女じゃなくなった未来で口封じとかされそうで嫌だった。カンナの気が変わらない限りは離しませんけどね。とにかく今回はカンナも待機しててね。

 禁書の小部屋はそんなに大きくなかった。私のイメージする書庫のサイズ感はこれだ。

 本棚は壁に沿う形で設置されているのみで、部屋の真ん中には並んでいないので視界を遮るものが無い。

 ただ、中央に一箇所だけ、妙に仰々しい石造りの台がある。私の腰よりちょっと高いくらいの台。そこに、十点に満たない少ない本があった。保管しているとか飾っているとか言うよりは、『祀っている』かのような置かれ方だ。

「中央の三点が、三代目の救世主様ご本人により書かれたとされる手記でございます」

 それ以外のものは初代の国王の手記とか、ウェンカイン王国建国時に書かれた法律の原案だそう。なるほど、確かにどれも貴重な品だね。

 手記は全て羊皮紙ではなかったけれど、まるで古さを感じさせない保存具合だ。

 羊皮紙以外の紙にも保護魔法は掛けられる。でも羊皮紙に比べると相当難しいし魔力も使うので、当時の魔術師らが何とか頑張って、何重にも保護魔法を掛けたんだろうな。

「ふむ。了解。とりあえず此処は後で読もう」

 最初から救世主とか初代国王のことに触れると気分が悪くなりそうだし。一旦何にも触れず、禁書の部屋を出た。

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